最初の喪失




チッ、と何度目か分からない舌打ちをする阿斗は、いつにも増して機嫌が悪そうである。
悠生は阿斗と二人で城内を移動している最中であったが、今日は護衛がついていない。
趙雲が、馬雲緑に会いに、馬超の邸を訪ねているからだ。
どんな話をしに行ったのか悠生には分からないが、縁談は問題無く纏まるのだろうと思う。
しかし、趙雲が不在の間、護衛を阿斗が拒んだため、必然的に悠生と二人きりとなり…、彼を宥めようとする者は居なかった。


「子龍は、私が元服するまで妻は娶らぬと言っておったのに!」

「でも、阿斗が大人になるのを待っていたら、遅するんじゃない?それに…相手は馬超どのの妹さんなんでしょ?趙雲どのに似合う良い人だよ、多分」

「あやつが誰を妻としようと構わぬが、ただ、私に黙っていたことが気に入らぬのだ」


阿斗の瞳は悲しみを色濃くする。
怒りではなく、寂しさ…疎外感なのだと、何となく感じ取った。
趙雲は、阿斗にとって兄のような…きっと、家族よりも近い存在だったから。


「だけど僕も、ちょっと寂しいかな。趙雲どのが、もっと遠い人になってしまいそうで…。本当は、結婚なんてしてほしくない。ずっとこのまま…、なんてそんな子供みたいなこと、言えないしね」


素直に祝福してあげれたら…一番良いのだけれど。
心の狭い自分に呆れ、悠生が小さく溜め息を漏らすと、阿斗は何とも言えないような…複雑そうな表情をする。


「…悠生。そなたはやはり…子龍のことを…、ん?」


阿斗が何かを言いかけてやめてしまったので、悠生は首を傾げるが、ふと立ち止まった阿斗の様子がおかしい。
何事かとよく見てみれば、床一面に広がる赤黒い水たまりが、目に飛び込んできた。
見てはいけないものを目にしてしまった、そう感じる前に、悠生は反射的に後ずさっていた。


「ひっ…!」


どろりとした、赤色が。
そして、蒸せ返りそうなほど濃く、鼻につく鉄の…血液の匂いがする。
水たまりの中には、誰とも分からない、数人の兵が横たわっていたのだ。
虚ろな瞳からは、生気が感じられない。
それは、自然のものとは思えない、異様な光景だった。


「何ということだ…この有り様は…」


阿斗はそれと言って取り乱すこともなく、服の袖で口元を押さえていたが、悠生はどうしても冷静さを保てない。
…美雪のことを、思い出してしまったのだ。
血まみれになって、苦しげに微笑みながら息絶えた美雪の姿が鮮明に蘇り、悠生は力無く床に崩れ落ちた。
震えが止まらなかったが、悠生の異変に気付いた阿斗がとっさに抱き締め、視界を塞いでくれたからそれ以上は目にしなくて済んだ。
しかし、脳裏に焼き付いた映像は簡単には消去されない。


「いやだ…美雪さんが…っ…あんなに血を…!」

「違う!あれはそなたの姉では無い!」


これほど、惨いことがあるだろうか。
人は斬られたら、真っ赤な血が流れる。
…1000人斬りなんて、戦場も自身も血塗れになり、いくら洗っても落ちないほど、血に染まることになるのだ。
全て当たり前のことと分かっていて、自分はゲームを楽しんでいたはずなのに。


「阿斗…っ…怖い…こんなの、変だよ…!」

「分かっている…悠生…決して見てはならぬぞ…!」


吐き気がする、気持ち悪い。
心臓はどくどくと激しく音を立て、同時に、すうっ…と意識が遠退いていく。
悠生は阿斗の胸にもたれたまま、気絶するまで、今は亡き美雪の姿を思い出していた。

 

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