戦士の予感



「…美雪さん…?」


子供の声がした。
冷たい空気に溶け出して風に流れてしまいそうなほど、小さく柔らかい音だった。


「美雪さん…いなくならないで…」

「ごめんなさい、すぐに戻るわ。悠生は横になっていなさい」


美雪がその存在に気付き、駆け寄った先に居たのは、酷く具合の悪そうな…まだ幼さが残る子供であった。
幼いとは言え、阿斗よりは僅かに年上だと思われる。
柔らかそうな黒髪、熱のせいで赤い頬…趙雲が見ても、とても、可愛らしい顔立ちをしていると思った。
いや、彼女は子供を悠生と呼んだ。
その名の響きはあまり聞かないもので、珍しいが、きっと男の名であろう。
つまりこの子供は、可愛らしすぎる少年と言うことになる。


「あ、その前に…悠生、あちらのお方がこれを届けてくださったの。貴方からもお礼を言ってくれる?」

「うん……」


悠生の視線が美雪の手上にある包みから離れ、趙雲をとらえた。
その瞬間、趙雲と目が合った途端に、黒々とした大きな瞳が驚愕に見開かれる。

声にならない声。
乾いた唇の動きを、趙雲は見逃さなかった。


(ちょううん…と…?この子供は、私の名を知っているのか?)


確かに、悠生はそう口にした。
声を出すのも苦しいのか、音にはならなかったが読唇術が理解できる趙雲には容易に彼の心が伝わった。

そもそも、何かしらの理由で阿斗が彼と通じているのならば、趙雲の話をしていてもおかしいことではない。
過去に趙雲が救った赤子、それが阿斗だ。
その自慢をしたということも考えられる。

熱のせいか、…困惑のせいか、悠生の瞳が小刻みに揺れている。
趙雲は些か、妙な心持ちになった。
それはあまり良い感情では無かった。
何故、そのような、泣き出す手前のような目で見られなくてはならないのだ。
趙雲の困惑を余所に、悠生は震える唇を開き、声を絞り出した。


「ありがとうって…あの、わがまま王子にも…」

「な……」

「それと…嫌じゃなかったら、また、遊ぼうって…言ってくれたら…」


何も事情を知らない美雪の前で阿斗の名を出せば、騒ぎになるとを危惧したのだろうか。
それとも、阿斗と繋がりがあることを彼女に隠していたいのか。
ひとまず、そこまで気を使うことが出来るのだとしたら…頭が働く、賢い子だ。
悠生は間違いなく、趙雲を遣いに出した人物に気が付いている。
いつの日か阿斗が再び訪ねてくると、彼は薄々と予感していたのかもしれない。


(関係は、阿斗様に尋ねた方が早いだろうな)


用心するに越したことはないが、趙雲が見た限り、悠生に害は無いように思える。
阿斗に心を許す人物が出来たのなら、それこそ喜ぶべきことであろう。
だが、欲を言えば…健康体であれば。
次期君主のお気に入り、たったそれだけの理由で、阿斗が悠生を傍に置くことが許されたかもしれないのに。


(残念だな…本当に…)


悠生の現在の具合は、相当悪いようだ。
真っ赤だった顔は急に青ざめ、呼吸も速い。
逸らすことの出来なかった、瞳がゆっくりと閉ざされる。
ぐらり、と崩れ落ちる小柄な人。
思わず手を伸ばして引き寄せた。
痩せた子供の体は、いとも簡単に腕に収まる。
触れた肌はとても熱く感じられた。


「ぁ……、」

「…大丈夫かい?」

「ん……」


余計な言葉を発することもなく、悠生は苦しげに息を吐き、そのまま気を失っていた。
慌てる美雪を落ち着かせ、趙雲は悠生を抱え、家の中にある寝台まで彼を運ぶ。


 

[ 12/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -