夜闇に惑う



「貴様は…!いや…、あなたは…何者なのだ…」

「僕はなんでもない存在だよ。あえて言うなら…あの子の一部ってところかな。ただの"かけら"でしかないんだ。大丈夫。あの子はまだ何も、知らないから」

「貴方は…悠生殿を知っているのか…?私が悠生殿に、心惹かれていることも…?」


妖かしは、意味深な笑みを浮かべる。
あの子とは、悠生のことを言っているのか。
ではこの妖かし…を成仏させたという何者かは、悠生の魂の一部だと言うのか。
答えが知りたくて、再び手を掴もうとしたら、もうその感覚を得ることは出来なかった。


「あなたは強い…だけどあなたはきっと、僕をつかまえられない。だったら、最後は強く抱き締めてあげて。もしも最後に、大好きな子龍どのの顔を見て死ねたなら…あの子はきっと、幸せだと思うから」


悠生の声で字を呼ばれた時、趙雲は敗北を確信する。
そのような笑みを浮かべられて…、妖かしであっても、退治出来るはずがなかったのだ。
ましてや、悠生に手をかけられるものか。
雨は変わらずに冷たく、まるで涙のように降り注いでいた。



あれから、よく眠っていた護衛兵も皆揃って目を覚まし、廃寺の中や周辺を組まなく調べたのだが、小さな供養塔の傍に花が供えられているのを見つけた。
麓まで漂っていた不気味な空気も、今では少しも感じられない。
夜が明けた頃、趙雲は供養塔に手を合わせ、山を下りた。
もう一度、心を惑わした妖かしに声をかけられはしまいかと、気が遠くなるほどゆっくりと、足を進めて。


…それから数日が過ぎたが、趙雲が山寺に派遣されて以来、雨が降ってもぱったりと妖かしは姿を現さなくなったと、諸葛亮には賞賛された。
しかし、実際のところ、趙雲は何もしていないのだ。
あの妖かし…悠生の顔をした不思議な少年が、結果的には、妖かしを退治したのである。
阿斗はどうやって妖かしを退治したのかと、好奇心から趙雲に尋ねてきたが、阿斗の隣に並ぶ悠生の顔を見たら、趙雲は何も言えなくなってしまった。
疚しいことは…無い訳でも無いが、山中での出来事を子供達に話すのは、気が引ける。


「ふん、怪我一つ負わずに帰還したとしても、子龍ならば当然ということだ。悠生、寝ずに帰りを待つことも無かったな」


阿斗の言葉に、趙雲は驚かずにはいられなかった。
確かに翌日、雨に濡れながら帰還した時は悠生も出迎えてくれたが…、それほど、心配して待っていてくれたのか。
悠生は少し恥ずかしそうに笑んで、「趙雲どのはやっぱり強くて凄いです」と呟いた。
どくん、と鼓動が跳ねるのは…きっと、妖かしのせいではないはずだ。

趙雲ははっきりと、悠生に愛しさを感じたことを、自覚するのだった。
そして、妖かしの口からではなく、本当の悠生に…"子龍"と、字を呼んでほしいと…、その想いが罪であったとしても、望まずにはいられなかった。



END

[ 113/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -