古びた現世
(皆が幸せになれないなら…、誰が天下を統治しても同じことだ)
悠生は軽く目を閉じた。
此処で昼寝をするのも気持ちよさそうだが、あまり褒められた行いでは無いと思い、引き続き考え事をする。
魏延は…、劉備のために戦っている。
ならば自分は、阿斗のために何が出来る?
傍に居るだけで良いはずがない。
悠生は阿斗の未来を変えたいと思っているが、彼を支えるためには、これから、何をすれば良いのだろうか。
答えはすぐには、見つからない。
それでも、今言えることは…もしもこのまま、何も出来ないまま、歴史が流れていっても、無理はしなくて良いよと言ってあげたいのだ。
ずっと、阿斗の傍に居て…貴方の取った行動は、恥ずべきものではないのだと、伝えたいと思う。
「…悠生殿。このような場所で眠っては…体調を崩してしまうだろう?」
「ん…?」
そっと囁きかける、小さな声を聞いた。
昨日から、悠生の心を惑わせる男。
影が挿した。
見上げたら、日差しが遮られて薄暗い。
手を差し出した趙雲は、優しげな顔で微笑んでいた。
「さあ、悠生殿…」
部屋に戻らない悠生を心配して捜しに来てくれたのだろう。
趙雲は昨日のことなど、気にしていない。
浮かべられた笑顔が完璧すぎるのだ。
人をこんなに悩ませておいて…不公平だ。
目の前にある手を、素直に握る。
引っ張られた勢いで、悠生は趙雲の胸に額をぶつけてしまった。
(なんだよ、僕ばっかり…)
とても、悔しい思いをした。
意地悪な人かと思っても、趙雲はやっぱり優しくて、だから余計なことを考えすぎてしまう自分が、恥ずかしくなる。
服の上から、趙雲の胸元に爪を立てた。
痛いと言うよりくすぐったいのか、悠生には趙雲の表情は見えないが、なんとなく、戸惑っているのが分かった。
「趙雲どのは…ずるいんだ…」
「私が?」
「だって…ヒーローに手が届く現実なんて、あり得ちゃいけないのに…」
趙雲はカタカナ語の意味が分からず呟くように言葉を反芻したが、説明をするつもりはない。
吐き出した息と共に声が震え、嗚咽に変わりそうだったので、悠生は首を横に振った。
悠生はこんなにも気にしているというのに、趙雲は何でもないように振る舞うのだから、恨めしくも思う。
「…全ては現実なのだよ。私だって、こうして貴方に触れることが出来る」
「っ……」
ぴたっ、と冷たい手のひらが頬に触れる。
だが、少しずつあたたかくなっていく。
そこから趙雲の心が流れてくるかのよう。
槍を握る大きな手、頭を撫でてくれる手。
やっぱり、その笑顔は優しかった。
絶対この人には、嫌われたくない。
でも何故か、感じるのだ。
趙雲は、悠生のことを嫌っている訳ではないのだと。
「だったら…趙雲どのは、僕のお父さんになってくれますか?」
「父…なのかい?」
趙雲は気が抜けてしまったようで、今度は苦笑していた。
兄と言うには年が離れすぎているから、父ならば良いと思ったのだ。
もっと近くに、感じられるような気がするから。
痛いぐらいに、胸が締め付けられていた。
期待を込めた瞳で見つめたら、趙雲は微笑み、受け入れてくれた。
「貴方が望むならば…今は、それで良しとしよう」
父にしては、随分若いけれど。
魏延の言葉、蜀の者との家族という繋がり、趙雲との距離、それを確認出来ただけで、悠生は幸せだと思えた。
END
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