古びた現世



(でも、蜀を出ていこうとは思わないんだよね。沢山嫌な想いをしているのに)


蜀でしか得られない、大切な何かがある。
魏延のそれが何かと考えたら、きっと、劉備との信頼関係であろうと容易に予測出来る。
たったひとりでも、分かってくれる人が居る…劉備の存在があるだけで、魏延は、どんなに苦しいことがあろうとも、蜀の将として戦っていけるのだ。


「魏延どのは、劉備さまのことが大好きなんですね」

「我…劉備、好キ…?」

「僕も、阿斗さまのことが好きなんです。僕のこと、好きだって言ってくれる。だから、悲しくても生きていようって思えたんです」


共通点を発見し、嬉しくなった悠生は、思わず自分の気持ちを口にした。
魏延と自分は、よく似ている。
ただ、劉備や阿斗の仁徳に惹かれ、ついて行こうと思った訳ではない。
その存在に…、救われたのだ。
受け入れてくれる、必要としてくれる…、その言葉が、生きていく上での大きな力になる。


「劉備…我ヲ…家族ダト…」

「家族?劉備さまがそう言ったんですか?」

「ソウダ。故ニ、貴様モ…我ノ家族…」


聞き終えて、悠生は驚いてはっとする。
恥ずかしがり屋の魏延が口にしたのだ。

血縁者の集まりだけが、家族ではない。
劉備は将兵や民をも家族だと言う。
魏延はその言葉を信じ、今日を生きている。
だが…、ひねくれた心を持つ阿斗はきっと、劉備の優しさにも、嫌悪感を抱いてしまうのだろう。
勿論、言葉は空気に溶けてしまうから、勝手な想像で断定は出来ないのだけれど。

劉備は、愛されるべき人かもしれない。
でも、見落としているのかもしれない。
視野を広く持っている劉備でさえ、すぐ傍に、目を向けられないでいるのだ。


「…じゃあ皆で、大家族ですね!ずっと、一緒にいられたら…嬉しいです」

「貴様…、愛イ奴ダ…」

「うい?」


蜀の皆が、家族になってくれる。
望めば、劉備は許してくれるのだろう。
生まれた場所や、育った環境は違うけど、悠生は此処で生きているのだから。


(家族は、大事にしなくちゃ。でも劉備さまは、一番大切な家族を…阿斗を悲しませている…どうすれば、阿斗は悲しくなくなるんだろう…)


魏延は散歩の途中…だったのかは定かではないが、少し話をしただけで去ってしまった。
彼が行ってしまうと、悠生は再びその場に腰を下ろした。
ゆっくり流れる雲を見ながら、あたたかい日差しに包まれていると、眠たくなってくる。

劉備が、阿斗を愛していないはずがない。
だが、伝わらなかった。
心が成長する時期、阿斗に与えるべき愛情が、少しだけ足りていなかったのだろう。


 

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