古びた現世



「…あっ」


じゃらり、と妙な音が聞こえ、悠生は思わず顔を上げた。
其処に現れた男の姿を見て、まさか出会すとは思わず、ぽかんと口を開けて驚いてしまった。


「……、」

「魏延どの?」


あれは装飾品がぶつかる音だったのだ。
魏延も散歩中…とは限らないが、仮面の奥の瞳はやっぱり感情が読めず、そのまま踵を返して去ってしまいそうな彼を見て、悠生は慌てて立ち上がった。
追い掛ける理由も無かったが、反射的に足を前に踏み出したら、バランスを崩して転倒しそうになる。


「わっ、わわ!!」


どうにか踏ん張るも、体は言うことをきいてくれない。
せめて頭から地面に激突するのは避けたいと、悠生は一瞬のうちに、体を捻ろうとしたが…


「…ッ!」

「あ…あれ、魏延どの…?ありがとうございます…」

「ウム…」


早々に立ち去ったかに思えた魏延が、転びかけた悠生を受け止めたのだ。
初めて間近で見た男の瞳は、綺麗なぐらいに澄んでいた。
悠生は目を見開いて魏延を見上げる。
筋肉質な胸板や太い腕を目前に、驚くより先に感心してしまった。


「えっと…魏延どのも、お散歩ですか?」

「……、」


悠生はなんと言葉を続けたらいいか悩み、首を傾げながら問えば、魏延は返事もせずに体を離した。
堂々と無視されたことに驚くも、特別傷付くことはなかった。
人とのコミュニケーションを苦手とする魏延、彼の気持ちは、分かる気がするのだ。


「…ナンダ」


思わず、魏延の服の袖を掴んでしまった。
特に深い意味は無かったため、悠生は答えられずに沈黙する。
暫くの間、その体勢のまま動けずにいたが、先に口を開いたのは意外にも、魏延の方だった。


「我ヲ…恐レヌノカ…?」

「どうしてですか?」

「…諸葛亮…我、反骨…」


ああ、切ない。
それが、恐れる理由になどなるものか。
見た目だけで嫌われる、悪く言われる。
傷付いているのに、悲しいとも言えない。
どうしても、他人事とは思えなかった。

悠生は無意識に苦しげな顔をしていたのか、仮面の向こうの魏延の瞳が、小さく揺れていた。


「いっぱい言われたら、泣いてしまいます。だって、どうしようも、ないのにね…」

「……、」


努力でどうにかなることではない。
指摘された欠点を埋めるために他のことを頑張っても、魏延は認められなかった。
本当は誰よりも純粋で、健気な人なのに。


 

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