古びた現世



趙雲のことが、よく分からない。

古代の中国では、唇を触れ合わせることにどんな意味があるのか。
現代とはまた意味合いが違ってくるのか。
その行為に伴う感情とは…全てが、特別なものだと思っていた。


(…キス、とか)


そういうのは、苦手だ。
ドラマなどではキスシーンも堂々と大画面に映るが、生々しくて見ていられない。
それに、なよなよとしていようが悠生は男である。
受け身なのは確かだが、趙雲はいろいろと間違っているような気がする。


朝、顔を合わせた趙雲は違和感を抱きたくなるぐらいに自然だった。
阿斗を交えて朝食をとったが、悠生の方が趙雲を気にし、向かい側に座っていた彼をじっと見てしまう。


(趙雲どのは…普通なんだな…)


全く気にしていないといった態度を取られると…別に構わないのだが、それはそれで複雑である。
もしかしたら夢だったのでは、と思い込みたくなるが、思いだそうとすると、唇の感触や温度が鮮明に蘇ってくるから、やはりこれは現実なのだ。
一瞬のことで、でも凄く長い時間だったような気もする。
あれほど近くに趙雲を感じたのは、初めてだった。

そもそも趙雲は、泣き喚く悠生を落ち着かせるために、唇を塞いだだけだ。
そこにあった感情は、きっと父性だとか、弟を想う兄のものに近かったのであろう。
だが、だからと言ってキスをするかと考えたら、それは流石におかしいのではないかと、新たに疑問が浮かぶ。


「具合が悪いのか?悠生…」

「ううん!大丈夫だよ?ちょっとぼうっとしてただけ」


箸の進まない悠生を気にかけた阿斗に心配され、慌てて笑みを浮かべたが、趙雲には何を考えているかを悟られてしまったようだ。
目が合うよりも早く、少し気まずそうな顔をして視線を逸らされ、悠生は言葉を失う。

どうやら趙雲も、これまで顔には出さなかったが、悠生と同じように頭を悩ませていたらしい。
気まずいだけならまだ良い。
だが、すぐ其処に居るのに、遠くに感じるのは、心が離れてしまったからなのだろうか。
しかし趙雲は、「何かあったらすぐ相談してほしい」と言ってくれたではないか。

何事も無かったかのように自然体でいられても、逆に目に見て分かるように意識されても…、結局は悠生の胸のもやもやが消えることは無いのだ。


(…嫌われていないなら、良いんだけど…)


いつになったら、元に戻れるだろうか。
無かったことにして、忘れてしまうのが一番良いかもしれないが…、あまりに衝撃的すぎて、すぐには忘れられそうになかった。




午前中の習い事を終えた悠生は、以前関平と散歩をした屋上に足を運んだ。
今回は一人である。
阿斗は他にも習い事があるから、終わるまで待っていても良かったのだけれど、来てしまった。


(咲良ちゃんも…この世界の何処かに居るんだ)


頬を撫でる風が少し冷たい。
眼下に広がる景色を眺めることもせず、壁により掛かって体育座りをしていた悠生は、じっと姉について考えていた。

現代に生きていた頃は、両親と姉が居て、ごく一般的な核家族だった。
家族、を思い出す。
既に失ったもの、手に入れられないもの。
それは両親によって作り上げられた家族だ。
此方に来てからも、美雪の優しさで、新たな家族の一員になれたけれど…自分の力だけで、家族を得ることは難しい。


 

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