戦士の予感



「私にはやるべき事があるのだ。連れ戻すと言うのならば、共に付き合ってもらうが」

「承知致しました。逃げ出されてはかないませんので」


丁寧な物言いだが癪に障るものがある。
だが阿斗はさほど気に止めず、趙雲を無視してさっさと足を進めた。
悠生に会ってしまえば、目的は果たされ、城へ帰ることが出来る。

ところが、先日彼に出会った場所に赴いても、其処には幼い子供達が駆け回って遊んでいるだけで、悠生の姿は見えなかった。


「おい、悠生とやらは来ていないのか?」

「あー!この前の余所者!」

「お兄ちゃんはいないよ?昨日もお家から出てこなかったよね」


声をかければ子供は無邪気に反応を示す。
阿斗が劉備の子だと知らないからだ。
そんな幼子達にどのような言葉遣いをされようと構わないのだが、むしろ気になるのは悠生についてだ。


「またお熱を出して寝ているんだって。美雪(びせつ)お姉ちゃんが言ってたよ」

「"また"とは?」


聞けば、悠生は体が弱く、よく高熱を出し、寝込む日が数日続くこともあるらしい。
あの色白で、簡単に折れてしまいそうな外見は、そういう理由があったのだ。

仕方が無いこととは言え、阿斗はがっくりと肩を落とした。
悠生が居ないのならば、自分は何のために危険を侵してまで城を抜け出したのか。
見せびらかして自慢しようと袋に入れて持ってきた焼き菓子を、懐から取り出した阿斗は、暫し立ち止まって思案した。


「悠生の家は何処だ」

「あっち!あの大きな木の下だよ」

「そうか。礼を言うぞ」


子供が指さす方向には確かに巨木がそびえ、その下に小さな家が建っていた。
悠生の居る場所を把握出来たのは良いが、まさか自分のような高い身分の者が、何の予告もなく民間人の家を訪ねる訳にはいかないと、阿斗は真面目に頭を悩ませる。

そこで、趙雲の存在を思い出した。
子供達に背を向けた阿斗は、少し離れた場所で様子をうかがっていた趙雲の元へと向かう。


「用事は済みましたか?」

「おかしなことを言う。私があのような幼い子らに用があるはずないであろう。子龍よ、一つ頼まれてくれ。命令だ」


命令ともなれば、趙雲も無視は出来ない。
ただ、趙雲は劉備からも命を授かっているため、場合によっては阿斗の命令に首を横に振ることが出来る。
趙雲が仕えているのは、阿斗ではなく劉備なのだ。


「あの家に住む悠生という子供にこれを届けてくれ。証拠の品だ、と告げるのを忘れるでないぞ?私は馬を繋いだ場所で待っている。では、頼んだぞ」

「阿斗様!……全く、勝手な御仁だ」


駆け出して遠ざかっていく小さな背中を見て趙雲は嘆く。
趙雲は、阿斗が生まれた頃から世話をし、成長を見守ってきたのだ。
言い出したら聞かない、そんな阿斗の我が儘な性格は嫌というほど知っている。

趙雲は手のひらにちょこんと乗せられた包みを見て、溜め息を漏らした。


 

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