夜の道連れ



「極秘と仰られますが、左慈殿。昼間、貴方は城内に現れたと聞きましたが?」

「…やはりか。あれは、小生の偽者であろう。良からぬ企みを抱く者が、小生の姿を借り、口調を真似…悠久に接触を試みたようだ」

「偽者?」


回りくどい言い方をするが、"悠久"とは恐らく、悠生のことだろう。
悠生の前に現れた白髪の老人、それは本物の左慈ではなく、偽者であると断言する。
だが、何故悠生に近付く必要がある?
あの子供が…命を狙われていると言うのだろうか?


「悠久は偽者の妄言を信じきっておる。もし、あやつらの駒となっては、今に世界は混沌に陥るであろう。若き龍よ、悠久を守ってはくれぬか?悠久は、道を踏み外したことに気付いておらん…」

「あやつら?道を踏み外したとは?悠生殿は…、何を背負い生きているのですか?」

「それは言えぬ。今はまだ、その時では無い」


肝心なことは何一つ語らない。
それは、悠生も同じだった。
悠生は村で共に暮らしていた女性、美雪の本当の家族では無い、拾われた子供である。
本人に悪意が感じられないので、無理な追求はしなかったため、彼の出生は今も謎に包まれたままだ。

力を込めたら折れてしまいそうなほど細く弱々しい少年に、世界を動かすほどの力が秘められている…、いったい誰が想像するだろうか。
もしかすると…危うい存在を阿斗に近付けてしまったのかもしれない。
…だが、守ればいい。
敵の正体も真相も分からないが、阿斗や悠生の平穏を守るのが、自分の役目だ。


「そなた、悠久に恋をしているようだな」

「な!?突然何を…!」

「ふむ…、あと五年は手を出さずに待つことだ。悠久の身を案じるのならば」


急に話題をすり替えられ、不意をつかれた趙雲は真っ赤になり、動揺を隠せず狼狽する。
さすが、世に名高き仙人、趙雲の女々しい悩みなど、全てお見通しのようだ。


「やはり私は…そうなのでしょうか…ですが、何故…?」

「心を通わせてこそ、人は真の愛を知る。若き龍よ、そなたならきっと理解出来るであろう」


冷静に答える左慈は、趙雲の曖昧な想いを肯定しているかのようだった。
趙雲は、悠生に惹かれているのだと。
十以上も年下の、少年相手に懸想していると言うのだ。

語るべきことは全て話し終えたのか、左慈は「いずれ再びまみえよう」と言い放ち、跡形もなく一瞬のうちに姿を消してしまった。
残された趙雲は、ふらりとよろめき、頭を抱え込む。


(何故だ…何故私は悠生殿を…?)


頭に繰り返し浮かぶのは、同じ疑問ばかりである。
覚束ない足取りで、寝台に倒れ込み、ひんやりとした冷たい敷布に顔を埋めた。
熱く、火照った頬を冷ましてくれる。

果たしてこの感情は、愛なのだろうか?
いつの間に…心奪われていたのだろうか。
今頃酔いが回ってきたのか、趙雲はぼうっとしながら悠生のことを考えていた。
表情や声、握った手の温もりを、次々と思い出す。


(悠生殿の笑顔は確かに愛らしいが…、阿斗様だけにではなく、私にも見せてくれると、嬉しいのだがな…)


は、と息を吐けば、大分熱を持っていることが分かる。
趙雲は目を閉じ、想像力を働かせた。

小さな口を吸い、存分に舌を絡め…、未発達な体の奥に指を這わせたら、悠生はどのような反応を見せるのか。
泣きながらも本気で嫌がることは無く、甘ったるい声で名を呼んでくれるのだろうか。
美味そうに熟れた唇からちらりと舌を覗かせ、趙雲どの…、と。
いや…子龍と、字を呼ばせたい。

少年の表情や発する声を事細かに想像し、甘美な妄想に浸る自分は、やはり人とは変わった性癖を持っているのかもしれない。


「く…、悠生…殿…ッ…」


だからと言って、恋だ、と結論づけるのは早い気がするのだ。
認めてしまえば今度こそ、阿斗の信頼を裏切ることとなる。
だが…、今のところ、趙雲をここまで欲情させたのは、悠生が初めてであるということだけは、事実だった。



END

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