戦士の予感



阿斗は一人でかくれんぼでもするかのように、物影に身を隠しながら城の中を移動していた。
悠生と出会って二日後の正午頃のことだ。
この時間帯は人の出入りが激しいため、門番は立っているが門は開放されている。
阿斗はその人混みに紛れ、こっそりと城を抜け出すことに成功した。
信頼の置ける使用人(絶対逆らわない、告げ口をしない)に手配させた馬に跨り、目指すは小さな語り部の居るあの村だ。


(ふん、やはり私の勝ちだ!証拠を突きつけて驚かせてやる)


阿斗はいつの間にか、悠生と張り合っている気になっていた。
年の近い者と喧嘩をした経験が無かった阿斗は、彼の暴言に怒りもしたが、内心では喜びを感じていたことを否定出来なかった。
しかも奴は、劉元徳の息子・阿斗だと知った上であのような態度を取ったのだから、尚更無視する訳にもいかない。

昨日、勇気を出して星彩に花を贈った。
いつもならば花壇を荒らし花をむしる阿斗だが、今回は侍女にちゃんとした花束を用意させた。
すると今日、星彩が阿斗の部屋まで足を運び、礼を言いに来てくれたのだ。
彼女自ら訪ねてきたのは初めてで、阿斗が感動しないはずがない。
さらには、彼女が手作りした焼き菓子まで味わうことが出来たのだ。

この幸せを、一人占めするのも良いだろう。
だがそこで、悠生のことを思いだした阿斗は、星彩に貰った焼き菓子を半分残し、それを見せつけてやろうとたった一人で遠乗りに出たのだった。
城を抜け出すことはそれほど多くない。
常に脱走を繰り返していれば、四六時中見張りがつけられてしまう。
出かけたければ誰かに言えばいいのだ。
一昨日のあれは…ただの気まぐれだった。


(その気まぐれで…放置出来ない人物を見つけてしまったのだがな)


村の入り口近くで馬から下りた阿斗は、木に馬を括りつけていた。
そこで、人の気配を感じて振り返る。
よく見知った人物の、困ったような笑顔を見て、阿斗は硬直した。


(なっ……子龍!?)


人が後を付ける気配ならば、すぐに察すことが出来る。
だが趙雲ほどの男は、自らの気配など完全に断ち切ることが出来るのだ。
まず一般人には不可能な芸当である。
だからこそ、彼が駆り出されたのだろう。
恐らく、趙雲でなければ手に負えないと判断した、諸葛亮の命によって。


「子龍、私の後をつけるなど無礼ではないか?」

「これは諸葛亮殿の…すなわち劉備殿の意志にございます、阿斗様」

「…余計なことを…」


これではせっかくの計画が台無しである。
気まぐれで城を抜け出す、それはいつものことだと言うのに、今回に限って、わざわざ趙雲に護衛を任せるとは…過保護にも程があるのではないか。


  

[ 9/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -