誰かの徳の道



「悠生殿…、どうか泣きやんでほしい…貴方に嫌われては、私は悲しい」

「何を…言っているんですか?僕なんかに、好かれなくたって良いでしょう…趙雲どのこそ、僕のこと、嫌いなんだ!」

「それは違う!何故、私が貴方を嫌わねば…」


趙雲は珍しくも取り乱し、必死に言葉を投げかけるものの、悠生は手を振り払い、趙雲から逃げようとした。
頼むから、放って置いてほしかった。
一人になって、思う存分泣いた方が楽になれるし、誰にも迷惑をかけなくて済む。

この先、消えることの無いであろう咲良への罪悪感に苦しむことになったとしても、趙雲には関係無い。
それなのに、無理矢理に視線を合わせようとする趙雲に、悠生は初めて煩わしさを感じた。


「だって、阿斗にはしないくせに…、趙雲どのは僕にばっかり、意地悪するから…!」

「意地悪などと…言わないでほしい…私は貴方のことを心配して…」

「僕はっ…趙雲どのは要らない…!趙雲どのなんか…」


子供のように喚き、思う存分罵声を浴びせた後、悠生は寝台の手前で趙雲に手首を掴まれ、そのまま突き飛ばされてしまった。
冷静な趙雲も、説教を意地悪だと言われては…、ついに、堪忍袋の尾が切れたのだろうか。
優しい人ほど怒らせてはいけないものだ。

柔らかい寝台に転がったが、思い切り押さえつけられているため起きあがれない。
考えずとも分かる、圧倒的な力の差。
抵抗を試みる方が愚かというものだが、じっとしていられない。
黄皓に押し倒された恐怖を思い出し、悠生はパニックに陥り、趙雲から逃れようと彼の下で必死にもがく。
加減も考えず、足で趙雲の腹を蹴ると、顔をしかめた彼は少々強引に悠生を抑え込んだ。


「落ち着いてくれ、悠生殿」

「っ…やだ…いやだ!!」


血が、溢れる。
唇を更に深く噛み締めた悠生の、呼吸は乱れ、まともな精神を保つのも既に限界だった。
嫌だと狂ったように繰り返すも、もう何に怯えているのかも分からなかった。


「…私は本当に、貴方には必要の無い存在なのだろうか…」


そんな、弱々しい声が聞こえたような気がする。
判断力の鈍った悠生が趙雲の言葉の意味を理解する余裕もなく、息を詰めた。
…唇が、塞がれていたのだ。
趙雲の端正な顔が間近に見え、それまで暴れていた悠生はぴたりと硬直する。
酷く優しげな瞳に映っているのは、悠生の涙に濡れた顔だった。


(え…っ…)


夢だけど、夢ではないから、現実なのだ。
趙雲に、キスをされている。
唇がこれほど柔らかくて熱いものだなんて…、知らなかった。
ただ重ねるだけの静かな口付けだったのに、途方も無く長く感じられた。
どうして…?と尋ねることも出来ず、無意識に息を止めていた悠生だが、趙雲が唇を離すと、ようやく息を吐き出した。
彼の唇に悠生の流した血の色が見えた時、かっと顔が熱くなる。


 

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