誰かの徳の道



「それに、また、唇を噛んだのだな。全く…駄目だと言ったはずなのに…いけない子だ…」

「か…噛んでなんか…、っ…!」


すっと、趙雲の親指が唇をなぞった。
じくりと痛みが走って、悠生は首を振ろうとするが、あごを押さえられて身動きが取れない。
未だに血の滲む傷痕が鈍く痛み、悠生は固く目を閉じてひたすら耐えようとする。

…きっと、怒っているのだ、趙雲は。
悠生が肝心なことを喋らないから、嘘を言っていると思ったのだろう。
だからこれは、罰のようなもの。
もう唇を噛んで自傷してはいけないと、痛みを与えて理解させようとしている。


(趙雲どのは真面目だから…こんな夢みたいな話、信じてくれない…咲良ちゃんのことだって、どうせ否定されるんだ)


何も言えない自分が情けなかった。
姉を忘れようとした自分が、姉の存在を否定されることを恐れている。
そして、趙雲を信じることさえ出来ない。
この人に見捨てられたら、いったいどうするのだ。
彼の力が無ければ、生きることすら出来ないくせに。


「…っ…うぅ…」

「す、すまない。少々度が過ぎたようだ…」


唇も、心も…どこもかしこも傷だらけだ。
趙雲は慌てたように謝罪をしてくるが、悠生の耳には届かなかった。
その間も、悠生は至極冷静にものを考えてはいたが、意に反して涙は溢れ続けた。

無双であり、無双でない世界。
だが、異世界であることに変わりない。
示された一つ目の道は、辛く苦しいと分かっていて、それでも良いと、選んだのた。
大好きな阿斗の傍に居たいから、ちゃんと、覚悟を決めたつもりだった。

そんなときに、愛しい姉の記憶を呼び起こされては、気持ちもぐらぐらと揺れる。
無双というゲームを咲良に教えたのは悠生なのだ。
それなのに、自分から姉を裏切ってしまった。
忘れかけていた事実を改めて実感し、悠生は、どうして良いか分からなくなった。


 

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