誰かの徳の道



悠生はとぼとぼと自室へ戻った。
顔馴染みの女官達が心配そうに声をかけてきたが、「大丈夫」と力無く返事することしか出来なかった。

今日初めて顔を合わせた諸葛亮相手に、生意気にも口答えをしてしまった。
だが、諸葛亮は寛大で、悠生の無礼を叱ることも無かった。
しかし、緊張はストレスにしかならない。
急に、目の前がチカチカして、立ち眩みに襲われ、悠生は倒れないよう足に力を入れて踏ん張る。
神経をすり減らされたため、疲れてしまったらしい。

阿斗の習い事が終わるまではまだ時間があるから、少し昼寝をして頭を休ませよう。
扉を開けるまではそう考えていたのだが、


「……っ!?」


部屋の中に、居るはずの無い人物を見た。
道士と思われる、白髪の老人が、椅子に座り優雅に茶を啜っているのだ。
あまりにも衝撃的で、馬超に貰った鞍を落としてしまったのだが…、いくら待っても、床にぶつかる音がしない。


(左慈だ…わ、鞍が浮いてる…)


ふわふわと宙を漂う鞍を受け止め、悠生はほっと息を吐いた。
相手が人間離れした力を持つ左慈だと分かれば、何も不思議なことはない。
だが、彼が此処に居る理由が無い。
左慈は明らかに悠生に会いに来たのだが、何が目的なのかは全く分からなかった。


「待っておったよ。さあ、座りなさい。今、茶を淹れてやろう」

「何で此処に来たの…?やっぱり、僕をこの世界に連れてきたのは、左慈どのだったの?」

「あながち間違いでは無いが、そなたは一つ誤解をしておるようだ」


言われた通り椅子に腰掛け、悠生は左慈をじっと見つめた。
扇形に固まった白髪。
それが左慈の一番の特徴である。
以前、南の村に出かけたとき、古い社で出会った、思わせぶりなことを口にした巫女装束の老婆、彼女はどうやら本当に左慈だったらしい。

左慈は手慣れた様子で、独特な色をした茶をとぷとぷと茶器に注ぐ。
その姿は貴人のようにも見えて、悠生は左慈の手や指が、意外に若々しいことに驚いた。
実年齢など定かではないが、ご高齢だと思われる。
仙人とは奇妙なものだと、悠生はぼんやりと左慈を眺めていた。

湯気が立つ熱いお茶を差し出されて、悠生は礼を言うと、口を付けた。


「…おいしい」

「そうかそうか。小生の調合した茶葉ゆえ、人の子の口に合うか不安であった」

「あの…僕が誤解しているって、どういうことですか?」


コト、と静かに茶器を机に置く。
白い湯気に混じって、茶の良い香りが広がった。

左慈は恐らく、人の心が読めるはずだ。
元より、人生経験が豊富であろう左慈ならばだ、悠生の抱いている多くの疑問だって、手に取るように分かるだろうに。


「そなたはこの世界、と言うが、此処が何処か分かって言っておるのか?」

「無双の…中なんでしょう?だから、遠呂智の光臨を暗に僕に示唆したんじゃないんですか?」

「それこそが誤解である。そなたが言う無双とは似て非なる世界」


 

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