幸せの重荷



「あんまり、魏延どのを、いじめないであげてください…見た目だけで、悪く言われるのは、悲しいです」


何を馬鹿なことを、と思われているかもしれないが、それが悠生の素直な気持ちだった。

頭蓋骨が後部に出ていれば、誰もが皆、謀反をするのか。
古い時代の人々は、先人の教えや言い伝えを、たとえ迷信だとしても、大事にしている。
諸葛亮は自分に絶対の自信があるから、頑なに魏延を疑い続けるのだろう。
魏延の瞳は、あんなにも純粋だというのに。


「…魏延の能力は評価しています。ですが、私はどうしても、彼を信用することが出来ないのです」


先程の一件は、先日、諸葛亮が魏延の提出した報告書に、不備があるからと突き返した。
それを聞いた魏延は、何故いつも自分ばかり…、と納得することが出来ず、怒りを露わに乗り込んできたらしい。

小さなすれ違いではあるが、何が火種となり争いが起こるか分からない。
ただでさえ、一途に劉備を慕っている魏延は、主以外の人からは冷たい目を向けられ、肩身の狭い想いをしているのだから。


「魏延どのは、皆と仲良くするのは苦手なだけだって…諸葛亮どのなら、分かるでしょう?魏延どのは、劉備さまのことは絶対に裏切らないと思います」

「では、劉備殿が居なくなったら?」

「…だから、魏延どのが劉備さまだけじゃなくて…阿斗のこと…、蜀の国のことを好きだって思えるように…周りがどうにかしてあげなくちゃ…今のままじゃ、魏延どのが可哀想です…」


孤独な魏延を救ったのは、劉備である。
徳の人と名高い劉備に並々ならぬ恩義を感じた魏延が、彼に尽くす気持ちは他の将兵らとは比べものにならないはずだ。
自分を笑い者にする国ではなく、劉備のためだけに尽力する…、と言うのは、黄皓が阿斗を想う気持ちに似ているが、やはり危険である。

蜀は、魏延にとって大切でも何でもない。
彼の全ては劉備なのだ。
諸葛亮がこの先も疑念を抱き続けていては、魏延の気持ちは、いつまでも変わらないだろう。


「仰られることはよく分かります。ですが、貴方が考える以上に、反骨の相とは確実で、危惧すべきものなのです」

「だったら…!少しでも、優しくしてあげてください…諸葛亮どのが声をかけてくださるだけで、魏延どのの未来は…報われるから…」


生きている間も、その死後も。
魏延の死に涙するのは、彼の墓を守る愛馬と、たった二人の部下だった。
これは報い、であったというのか。
冷たい石となっても、彼らは嘆き続ける。
魏延という武将の人生は、いったい何だったというのだろう。
諸葛亮が正義ならば、その正義に疑われた魏延は悪なのだ。


「悠生殿…貴方は…まるで、全てを見てきたかのようですね」

「……、」

「…御期待に応えられるよう、最善を尽くしましょう」


外見だけで、判断しないでほしい。
諸葛亮は、魏延の前では盲目なのだ。
自分の行いが不義であると気付いていない。
もっと、ちゃんと目を向けてほしい。
魏延の心は、とても傷付いているのだから。

劉備が亡くなった後も、魏延が蜀のため、そして劉禅のために生きてくれる。
その日が、訪れることはないのだろうか。



END

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