幸せの重荷



沢山の友達は要らない。
多ければそれはそれで嬉しいけれど、大事なことは、数ではないのだ。
悠生は今のままで十分に幸せだと思っているし、恵まれていると感じる。
それでいて欲張ってしまうのは、我慢や恐れを知らぬ子供だから…ということだろうか。


今日はじっと眺めていたいと思って、馬超に貰った鞍を胸に抱き、阿斗の邸に戻ろうとひとりで廊下を歩いていた悠生だが、中庭を挟んだ向こう側に、とある人物を見付けて足を止めた。


(あれは…魏延だ。初めて見た…)


魏延…字は文長という。
仮面を付けた、まるで原住民のような風貌の男である。
異様、としか形容出来ない魏延は、真っ直ぐ前を向き黙々と足を進めていた。
いったい、どこへ向かっているのか。


(何か…怒ってる?)


仮面が邪魔で魏延の表情はよく分からなかったが、歯を食いしばっているように見えた。
歩みも速く乱暴で、何やらただ事では無いように思えてきた。
魏延の動向が気になってしまった悠生は、小走りで彼の後を追いかける。
しかし、魏延との距離は大分離れていたし、此方が走っても彼の足には追い付けない。

少し走ればすぐに疲れてしまい、肩で息をする悠生だが、数回角を曲がった時には、魏延の姿を見失っていた。


(大変だ。知らないところに来ちゃった…)


速くなった鼓動と乱れた呼吸を落ち尽かせようと、悠生は壁に手をつく。
追いかけるのに夢中になり、いつの間にか見覚えの無い空間に迷い込んでしまった。

…どうして、追い掛けてしまったのだろう。
魏延とは、もし何か機会があったとしても…、お互いに口下手だから、絶対に会話が成り立たないと思うのだ。
ましてや、友達になれるはずがない。
悠生が迷子になってまで魏延の後を追い、利となることは一つも無かったはずだ。


(理由なんか…無いけど。ただ…、気になったから…)


長い廊下の両脇に、ずらっと同じような扉が並んでいる。
魏延のことは気懸かりだが、諦めて引き返そうと踵を返した悠生は、言い争うような声を耳にし、立ち止まった。
その言葉は途切れ途切れにしか聞こえないが、間違い無く、魏延の叫びだった。


(ここは、誰の部屋?魏延は、誰とケンカをしているんだ)


誰に見られるかも分からないため、扉を耳に押し当てる訳にもいかず…、悠生は魏延が居るであろう部屋の、扉の前に立ち尽くしていた。
彼の喋り方は普段から独特である。
扉一枚の隔たりに加え、興奮している魏延の言葉を聞き取ることは困難であった。

話し相手の声に至っては、全く聞こえない。
魏延にかき消されているのか、それとも、無視を決め込み、黙しているのか。

暫くの間、魏延と誰かの不思議な攻防は続いたが…、ふいに、何事も無かったかのように静まり返る。
短い沈黙の後、足音が数回、そして勢い良く扉が開けられた。

悠生はびくりと肩を跳ねさせる。
そこで、魏延と視線がかち合った。
まさか人が居るとは思っていなかったのか、仮面の奥の瞳は困惑しているようだったが、魏延は思い出したように目を逸らすと、すぐにその場から立ち去った。


 

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