幸せの重荷



日々はあっという間に過ぎていく。
楽しいことも、面白くないことも同じぐらいあるけれど、阿斗と一緒にいると、苦しいことは簡単に忘れてしまう。
いつしか、成都の城で暮らすことを当たり前と思うようになっていった。
此処に居たいと、ずっと生きていたいと。



乗馬の訓練を終えた後も、悠生は馬超と共に厩舎に残っていた。

馬と戯れる馬超は、まるで子供のように無邪気に笑っているから、微笑ましく思ったりもする。
馬超ほどの人が厩舎の掃除をするなど普通では有り得ないことだが、彼は進んで馬の世話をしたがるのだ。
本当に、心から馬を好いているのだろう。

悠生は馬超の手伝い…ということで、マサムネの体を布でゴシゴシと拭いていた。
するとマサムネは気持ちよさそうに声を上げるので、嬉しくなる。
傷付いた方の目は、先程馬超が薬を塗ったために、テカテカと光っていた。
傷跡は痛々しいが、それでもマサムネは美しいと思うのだ(馬超に毒されたのかもしれない)。



「…鞍、ですか?え、僕に?」

「悠生殿はよく努力しているからな。この鞍は俺のお古だが、見ての通り丈夫だ。是非、使ってくれ」


そう言って、馬超に手渡された鞍は多少古ぼけてはいたものの、確かに丈夫そうで、悠生はその軽さに驚いた。
馬超が使い込んだ、というだけで、乗馬が上手くなるような気がする。


「馬超どの、ありがとうございます!ずっと大切にしますね」

「喜んでいただけて、良かった。悠生殿に教えることは、もう無いのでな」

「え…、」


馬術の訓練は、今日が最後ということだ。
残念そうに馬超は言うが、悠生はぶんぶんと首を横に振る。
まだ、思い通りに馬を乗りこなす自信は無いのに、大丈夫だと言われても頷くことは出来ない。


「悠生殿は必要最低限の技術を身に付けた。いざという時、落ち着いて受け身が取れるか、少々不安は残るが…これ以上は余計な知識だ」

「でも…、馬超どのに会う理由が無くなってしまいます」

「嬉しいことを言ってくれる。何、心配することは無いぞ?俺は暇さえあれば此処に居る。世が平和になったら、俺の故郷を案内すると約束もしたであろう?」


悲しげに俯く悠生を励ますように、馬超は優しい言葉をくれた。
悠生は馬超のことが好きなのだ。
尊敬の念を抱き始めたと言う方が正しいだろうか、好きなことに熱くなれる馬超は好感が持てるし、人と接するのが不器用な悠生にも、真剣に相手をしてくれる。
だから、馬超と乗馬の時間を過ごせなくなってしまうのは、少し寂しく感じた。


確実な理由が無ければ、馬超に会うことは出来なくなる。
兄のように優しくしてくれた関平だって、遠くに行ってしまった。

悠生は、失いたくなかったのだ。
優しい人が次々と離れていくのが悲しくて、悠生は馬超を引き留めようとしている。
こんな我が儘を言えば馬超に迷惑をかけることになると思ったが、悠生の不安に反し、彼はふっと柔らかく微笑する。


「…そのような顔をされては、やめるなどとは言えなくなってしまうではないか」

「ごめんなさい…」

「いや。俺も、悠生殿との時間が無くなるのは些か退屈だと思っていた。回数は減らすかもしれぬが、今まで通り、共に地を駆けよう!」


困らせてしまったのは確かだが、馬超の声から、面倒くささなどは微塵も感じられない。
彼は悠生と交わした約束だって、覚えていてくれたのだ。
凄く嬉しくなって、えへへ…、と悠生が喜びを隠さずに笑うと、馬超もまた、同じように笑っていた。


 

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