安らぎと痛み



「それに…、私は阿斗様に、命をお救いしていただいたのです」

「命を…?」

「私は、斬られても仕方がない状況に陥ったことがあります。阿斗様は、体を張って私を庇われた。その恩義を忘れたことはありません」


初めは、感謝の気持ちで胸がいっぱいになったことであろう。
生涯、阿斗に仕え、力の限り尽くすと決意したのかもしれない。
それがいつしか、愛情に変わった。
黄皓のその笑顔を見ていれば、心から阿斗を慕っていると、分かるから。


(黄皓どのが歩むはずだった道は…僕が此処に来たときに、ぐちゃぐちゃになったんだ)


黄皓は阿斗を慕い、叶わない想いだと知りつつも、遠くから見つめているだけで満足出来ていたのだ。
後から現れた悠生が、望まれるままに阿斗を独占するまでは。
…ならば、恨まれても仕方がないだろう。
黄皓の憎しみや悲しみ、全てを受け止めなければ、悠生が阿斗の隣に並ぶことはいつまでも許されない。


「私が阿斗様をお慕いする理由、分かっていただけましたか?」

「よく、分かりました。黄皓どのは…これから、どうやって阿斗を支えていきますか?ずっと…阿斗の傍に居てくれるんでしょう?」

「貴方を差し置いて私が選ばれることなどありません。ですが私は、阿斗様の望む通りに世を動かしましょう。私の全ては、阿斗様なのですから」


そう、はっきりと断言する黄皓の答えは、悠生に僅かな恐怖を抱かせる。
阿斗を慕う心は、同じはずだった。
つまり悠生も、将来的に黄皓と同じことを仕出かす可能性があるということだ。


(…阿斗の望みは、何でも叶えてあげたいと思うから。そのうち感覚が麻痺して…、もしかしたら、気付かないうちに国を滅ぼすかもしれない)


黄皓は忠実な男である。
阿斗の命令は絶対、何だってするだろう。
星彩を傍らに楽な暮らしをしたい、阿斗がそう望めば、何を犠牲にしても懸命に尽力するのだ。
遠い未来、劉禅が暗君と呼ばれようと、本人がそれで良いと言ってしまったら、疑問を持つことも忘れてしまうかもしれない。
黄皓だけではなく…悠生とて、阿斗を暗愚にする要因になりうるのだ。


「悠生殿は、何故、阿斗様をお慕いしているのですか?」

「初めて…友達になってくれた人だから」

「それはまた…美しい理由ですね」


不安で…たまらない。
確かな言葉を貰ったところで、この不安が消えることは無いのだろう。
桃園の誓いの真似事をした日、阿斗はずっと一緒だと言ってくれた。
大人になっても、傍にいて良いのだと、阿斗は桃の木の下で、約束してくれた。


(それなら僕に、劉禅の天下を見せてよ…)


絶対に…、孤独になんか、させないから。
だから、どうか手放さないでほしい。

ずっと傍に置いてほしいと、願う気持ちは黄皓も同じなのだろう。
悠生は黄皓が嫌いだが、もう一人の自分に出会ったようで、不思議と彼との距離が縮まったような気がした。


END

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