安らぎと痛み



「…失脚させることだって出来たというのに、貴方は趙雲殿以外に言い触らさなかった。何故ですか?」

「何故って……、あの、僕、黄皓どのに聞きたいことがあったんです」


「どうして阿斗のことを好きになったんですか?」と、悠生は緊張しながらも、しっかり目を見て、黄皓に尋ねた。
彼に押し倒されたとき、黄皓の傷付いたような、苦しそうな瞳を見て、悠生は確信したのだ。
この人は本当に、阿斗のことを想っている。
出世のために、阿斗に近付こうとしているのではないのだと。


「それを聞いてどうするのですか?気色悪いと軽蔑しますか?」

「軽蔑をするとしたら、それは黄皓どのが同意も無しに、阿斗に手を出した時です」

「……、」


いずれ、劉禅が黄皓を寵愛して傍に置くようになったとしても、…少し妬いてしまいそうだが、阿斗が良いならそれで良いのだ。
ただ、今はまだ、阿斗は幼い。
せめて元服するまでは行動に移さないでほしいと口にすれば、意外にも黄皓は、困ったような顔をする。


「夢のような話だと、馬鹿にされるかと思いましたよ」

「…だって、黄皓どのが阿斗のために生きてくれるなら…僕は…」

「……、」


一つ、不安事が減るのだ。
悪意を持ち内側から蜀を疲弊させようとする人間が居なければ、劉禅の未来にも兆しが見える。
愛する人の治める国を、誰が進んで滅ぼそうと思うだろうか。


「…私は、阿斗様に好かれている悠生殿が嫌いですよ。気に入りません」

「僕は黄皓どのが一番嫌いです。多分、ずっと嫌いです」

「別に、構いませんけどね…」


怒らせるようなことを言ったのに、黄皓の笑みは穏やかだった。
趙雲の忠告が、余程に堪えたのだろうか。

黄皓は椅子に腰を掛けると、悠生の顔は見ずに、窓の方を眺めながら溜め息混じりに語り始めた。


「何故、阿斗様をお慕いするようになったかと、そう聞きましたね」

「はい」

「きっかけは単純なものですよ。独りきりで弱っているとき、暗闇の中に差し込む光を見付ければ、安心するものでしょう?」


光とは…きっと、阿斗のことだろう。
阿斗の存在が、黄皓の、生きる理由となっているのだ。
…悠生と、同じように。

黄皓はこうして、己の心の内を明かしてくれた。
あれほど目の敵にしていたくせに、よく話す気になったと思う(趙雲のことを恐れているのだろうか)。


「ご存知でしょうが、私は宦官です。ですが、自らの意志で去勢した訳ではありません」

「い、痛い話ですか?」

「まあ、痛かったですよ。宦官になれば出世は約束されるからと、父に士官させられたのです」


この時代に、宦官は少なくない。
まともな麻酔だって存在しない時代に、出世を望む彼らはこぞって浄身する。
耐え難い痛みや死の恐怖に怯えることとなっても、宦官となる価値はあるのだ。

劉備に仕えるようになった黄皓は、父の思惑通り、重要な仕事を与えられたのだという。
それは、皇帝の奥方の世話役である。
黄皓は真面目で才もあり、しかも生殖機能が無い宦官…、うってつけだった訳だ。


 

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