安らぎと痛み



悠生は織田信長を尊敬していた。
生き方がかっこいい、と子供ながらに憧れを抱いていたのだ。
破天荒な性格や振る舞い、人の上に立つ者に相応しいカリスマ性を持った、戦国の雄である。
信長が天下統一を果たしていたら、現在の日本は大きく変わっていただろう。

彼には寵愛した小姓が居たという。
最も名が知れているのは、森蘭丸だ。
蘭丸は信長と共に本能寺で亡くなった。
悠生が信長に興味を持ってから、本を読んだりして調べ、時代背景を知るうちに、よく目にするようになった単語が"衆道"である。


(初めはびっくりしたけど、それが常識の世界だったんだし…)


勿論、中学生の悠生に女性経験があるはずもなく、衆道…男同士で行われるそれを、想像出来るはずもなかった。
だが、特別珍しい訳ではなく、女性を連れていけない戦場ではごく当たり前で、大名の嗜みとしての行為であると文献に書いてあるものだから、納得してしまったのである。

では、黄皓が阿斗を慕う気持ちは、衆道と同じなのだろうか?
彼の気持ちは、当たり前という単純な言葉で片付けて良いものだろうか。




黄皓は漢文をすらすらと暗唱していた。
気の遠くなるような長文を…何も見ずに。
彼は記憶力が高く、やはり頭が良いのだろう。
悠生も手元にある参考書の漢字を見失わないよう、必死に目で追っていた。


(なんか、普通なんだよな…)


無かったことにされてしまったのか。
悠生は数分の恐怖を夜中に思い出してしまい、ぐっすりと眠ることも出来なかったというのに。

今日も黄皓は女官達に丁寧な挨拶をして、悠生の部屋を訪れた。
文句のひとつでも言われるかと思って身構えていたのだが、黄皓は至って真面目に勉強を教えてくれている。


「ではここまでで、何か分からないことはありましたか?」

「これがこっちに飛ぶ理由が分かりません」


余計なことを考えたせいで分からなくなったのだが、質問すれば黄皓はこれまた分かりやすく説明をしてくれる。

悠生は訝しげに黄皓を見上げた。
何故か…疑わしく思えてきたのだ。
昨日とはあまりにも態度が違う。
黄皓に嫌われていることは身を持って実感したのだが、それにしても大人しすぎる。


「…私の顔に何かついていますか?」

「何も…、そうじゃなくて、黄皓どの、何かあったんじゃないかって、思って…」

「ええ。趙雲殿にこってり絞られてしまいました」


趙雲殿に、絞られた…とはいったいどういうことか。
さらりと言われてしまい、驚きに目を見開かせる悠生を見て、黄皓は自嘲するように小さく笑った。


「貴方は多くの人に守られていますね。全く…羨ましい限りです」

「趙雲どのは…なんて?」

「今度悠生殿を泣かせたらただじゃおきません、と。明らかな脅迫行為ですね」


黄皓はあっけらかんと言うが、趙雲の黒い笑顔が思い浮かび、悠生の背に震えが走る。
だけど、同時に喜びも感じていた。
趙雲は、やり方は強引かもしれないが、結果的には黄皓から守ってくれたのだ。


 

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