虚しい錯覚



「信じてもらえないかもしれないが、悠生殿は…私にとっても、大切な御方なのだよ」

「僕が、大切…?そんなこと、趙雲どのが言ってくれるなんて…。やっぱり、夢みたいな世界…。夢だったら良かったな…夢なら、誰にも文句なんて言われないのに…」

「全てが現実だ。貴方は此処で、生きているのだから。もう、一人で思い詰めないでくれ。私では頼りないかもしれないが、もっと頼ってほしい。阿斗様が貴方を手放せないように、私も…」


……と、そこで言葉を呑み込んだ。
趙雲は己の発言に、柄にもなく狼狽えていたのだ。
私も…、何だと言うつもりだったのか。
手放せないから、傍に置きたいと?


「僕は…いつも、趙雲どのの背中を見ていたんです」

「いつも?」

「趙雲どのは強くて、誰よりも格好良くて…僕の憧れでした。遠い人だったんです。今までは、手を伸ばしたって隔たりがあったけど…今は、趙雲どのがこんなに近い…だから、うれしい…」


涙で濡れた趙雲の指先に、悠生の指が触れてくる。
自分とは、太さも色も違う指…それこそ、すぐに折れてしまいそうな、未発達な体。
いやらしさなど微塵も感じさせない、幼い仕草のはずなのだが、趙雲は視線をそらすことも出来ずにいた。


(いけない…私は、何を考えて…)


過ちは犯さない、と阿斗に宣言したはずなのだが、危うく不埒な妄想をするところであった(想像すら罪となるのだ)。

悠生の言葉を聞く限りでは、彼は以前から趙雲について知っていた…、そのようにも受け取れる。
未だに、悠生は何も語らない。
趙雲は驚くほどに、悠生のことを知らなかったのだ。
その言葉に込められた想いの半分も、理解することが出来ていない。


「すぐには、無理かもしれないけど…黄皓どのと、もう一度ちゃんと話してみようと思います」

「辛いのではないか?悠生殿が大丈夫と言っても、私は不安なのだが」

「で…でも、いろいろと誤解されている気がするんです。このままじゃ駄目なんです。黄皓どのの気持ちを、知らなくちゃ…」


心の底では恐怖に怯えながらも、悠生は黄皓と真正面から向き合うつもりでいるのだ。
関心した趙雲は、弱いだけの子供だと思い侮ってはならないと…、趙雲の指先を掴んだまま俯く悠生の姿を見ていた。

…今すぐにとは言わないが、いつの日か、全てを明かしてくれるだろうか?
その胸の内に閉じ込めている、苦しみを。
悠生の孤独を忘れさせる役は、阿斗が意地でも譲らないだろう。
ならば自分は、傍で成長を見守り、守ってやるだけだ。


(それが一番良い…悠生殿のためになる)


悠生は黙したままでいたが、趙雲の指を握って離そうとしない。
甘えているのか、それとも、ただ単に落ち着くからなのか…、趙雲には分からなかったが、趙雲自身も、その温もりを手放すのは惜しく感じられた。


「男色って…よくあることなんですか?」

「…何だって?」

「……、えっと、聞かなかったことにしてください」


悠生は黄皓へ伝える台詞を考えていただけで、深い意味は無い、ただの問いだったのだが、趙雲が慌てて手を離したのは言うまでもない。



END

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