夕べの星



咲良は建業城に暮らすようになってから初めて、年の近い女の子の友達を得た。
友人と言うには恐れ多いお方ではあるが。
その新たな友、孫尚香は今夜の宴で舞いを披露するらしいのだ。
「せっかくだから見ていきなさいよ」と咲良は半ば強引に宴会場まで引っ張られてきたのである。


(尚香様の出番はまだかなぁ…、正直、居心地が悪い…)


女官と大差ない衣服を着て、楽師でなければただの民間人である自分が、身分ある方々と達と同じ席に座るのもどうかと思ったので、咲良は入り口付近で邪魔にならないように立ち、別室で準備をしている尚香の出番を待っていた。

そわそわと落ち着きのない自分を見かねて、女官に何度かお座りくださいと声をかけられたが、適当な理由を付けてお断りした。
宴席に並ぶのは錚々たる顔触れだ。
あいにく、そんな偉い人達の中に飛び込む勇気は欠片ほども持ち合わせていない。


(私って…別に、褒め称えられるほどフルートが上手って訳じゃないんだよね。ずっと、部活動レベルだし…)


余興にと、プロの楽師達が悠々と奏でる美しい旋律を耳にし、壁により掛かっていた咲良はうっとりしながら目を閉じた。
さすが、一流は違う。
こうして目を閉じているだけで、中国の雄大な自然の映像が思い浮かんでくるのだ。
演奏の技術や音の響き、その素晴らしさは自分とは比べものにならないだろう。

銀色の笛が珍しいから、変わった旋律を知っているから。
落涙の音を聴いた皆が涙してくれるのは事実ではあるが…、どうしても、咲良は自分に自信を持つことが出来なかった。

咲良が小春の音曲の師でいるのは、怪我が完治するまでという約束だった。
最強は傷の具合も良いし、そろそろ、城を出ても良い頃かもしれない。
優しい小春は引き留めるかもしれないが、咲良は蘭華の元へ戻るつもりでいる。


(お世話になった方に、何かしたいけど…思い付かないな。悠生のことだって何も考え付かないし…私も、ちゃんと行動しなくちゃ)


楽師としても半人前な自分が、一人立ちをするには些か無理がある。
だが無茶をするぐらいでないと、この広大な大陸からたったひとりの肉親を見つけ出すことなど出来ない。


「ああ?おい、あんた何突っ立ってんだよ。遠慮しないで、こっち来いよ」

「えっ?」


突然声をかけられ、驚いて目を開けた咲良は、間近に龍の入れ墨を見てしまい、声も出せずに息を呑む。
少し顔を上げれば、声の主、甘寧が咲良の顔をのぞき込んでいた。


「あ、いえ、私は別に…」

「聞こえねえなあ!おっさん、凌統!こいつも混ぜてやってくれよ!」

「ちょっ…」


がしっ、と手首を掴まれ(加減はしてくれたようだが)咲良は抵抗する間も与えられず、甘寧にずるずると引きずられていく。
なんて強引な人なのだろうか。
手を握られた、その様子を見た女官達が楽しそうにきゃあっと声をあげているのだ(また悪い噂が広まりそうだ)。


「落涙殿か!甘寧、よくぞ連れて来てくれた」

「やあ落涙さん、俺の隣に座ってよ」


呂蒙、凌統らは何の問題もなく、むしろ歓迎するかのように咲良を誘うのだ。
そこにはずらりと豪華な料理が並んでいた。
そして皆、既に多量の酒が入っているため、いつもより上機嫌なのだろう。
凌統などはもう真っ赤だが、まるで水を飲むかのように酒を口に流し込んでいる。

咲良は何とか心を落ち着かせ、一礼してから、凌統の隣に腰を下ろす。
せっかくの善意なのだから、素直に受け取っておこう。
当初の予定通り、尚香の舞いを見たら部屋に帰らせてもらおうと咲良は心に決め、暫し宴に混ぜてもらうことにした。

 

[ 76/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -