信頼に足る者



「落涙さんって、甘寧のことが好きなんですかね」

「…それを私に聞きますか?」

「いっ、いえ。何となく思い出したんで」


ピシッと陸遜の眉間に青筋が走ったような気がして、凌統は口を噤んだ。
認めたくはないが、甘寧は女性に人気がある。
がさつな野蛮人だが、誰よりも仲間を大切にしていることを、凌統は知っている。
奴の鈴を欲した落涙が、甘寧を嫌っているとは思えない。


「何て言いますかね…彼女が甘寧とどうなろうと別に良いんですけど。一つだけ、気になる点があるんですよ」

「何でしょうか?」

「落涙さんは、術師の類じゃないかと」


…凌統が目にした、説明のつかない不可思議な現象。
あの事故の日以来、凌統は落涙を警戒し、こっそりと観察していた。
しかし、接してみれば彼女はどこまでも普通の少女であった(少々感覚がずれているような気もするが)。

疑わしい存在であることは、間違いない。
だが、凌統は落涙に疑念を抱いたことを恥じ、そして改めて考え直した
彼女の身に起きた異変は、落涙の意思で行われたことではないのでは、と。


「体が透けるなど、尋常ではありませんね。凌統殿が見間違うとは思えません。恐らく、事実なのでしょう。しかしながら、彼女がもし本当に幻術師だとしたら、」

「だけど、落涙さんに敵意は無いですよ。あの娘は純粋ですから。俺が思うに、知らぬうちに仕込まれたのか、認識していたとしても何の意味があるのか…、すみません、結局、俺にはさっぱりです」

「私も、彼女に悪意は感じません。ですが、注意は必要ですね。考えておきます」


落涙は間者である、と最悪の結論を出されず、凌統は内心安堵していた。
軍に認可されていない術師など、問答無用で敵と見なされてもおかしくはない。
もし彼女に監視を付けるならば自分が任されたかったが、長らく城を留守にするため不可能な話だった。


「落涙さん、笛の師としての任期は、怪我が治るまででしたっけ?俺達が帰ってくる頃には、城下に戻っているかもしれませんね」

「ええ。そうですね」

「……、」


凌統は僅かに眉を寄せる。
引き続き書簡に目を通している陸遜は、凌統が疑いの視線を向けることに気がつかない。
落涙を気にしているような素振りを見せたかと思えば、こうして興味の無いふりをする…、いったい、本心では何を考えているのだろうか。


(ま、軍師殿も思春期ってやつですかね)


ふっ、と凌統は小さく笑った。
陸遜の色恋に興味はあるが、余計なお世話となるような行いをするつもりはない。
凌統に出来ることは、落涙を泣かせそうな男…、甘寧に容赦なく制裁を加えてやる、それぐらいだ。



END

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