信頼に足る者




出立の前日、凌統は執務室で書簡の整理をしていた。
書き損じを見付けたため、凌統は資料を持ち呂蒙を訪ねたのだが、彼は生憎出払っていると言う。
それならば、と陸遜の元へ向かった。
陸遜はまだ年若いが、他の取っ付きにくい軍師連中よりは何倍も話しやすい。


「失礼します、軍師殿…」


女官に通され、陸遜の執務室に入室した凌統だが、室内に居た人物を認識すると少々慌て、姿勢を正す。
余計な物が何一つ置いていない寂しい空間を彩る、一輪の可憐な花のような。


「では、わたしはこれで失礼致します。凌統将軍、お疲れ様です」

「あ、有難う御座います」


軽く会釈して部屋から出ていったのは、陸遜の許嫁、孫小春だ。
まだ十歳前後だった気がするが、しおらしい彼女は孫呉の姫君の中でも最も姫らしい人だと思う(さすがは美女と名高い大喬の娘である)。

都合が悪いなら追い返してくれよ、と凌統は些か悪いことをした気分になった。


「軍師殿、お邪魔をして申し訳ありません」

「いえ、彼女との話は済みましたので。何かありましたか?」

「はい。この資料についてなんですけど」


書簡に目を通す陸遜の顔を、凌統は何となく眺めていた。
見目美しい人間は嫌いではない。
若くして、名家・陸家の当主である陸遜。
その才や武を認められ、軍師となった。


(肩書きは凄いのに、見栄も張らないし、むしろ謙虚。軍師殿は良く出来た男だよな)


まだ若く経験も少ないため、周瑜や呂蒙の影に埋もれがちだが、彼は天才だ、…と、実際に戦で陸遜が指揮を取る姿を見たことがないにも関わらず、凌統は陸遜を一目置いていた。
多くの戦に立ち会い、いずれ必ず、孫呉にはかかせない存在となる。


「…姫さん、可愛いですね」

「ふふ、そうですね。私には勿体無い人です」

「またそんな、謙遜なさって…」


本人がそう思わずとも、やはり自分は邪魔者だった。
小春は戦場へ赴く陸遜を心配し、時間が許す限り傍に居たいと顔を見に来ていたのだろうが、彼女は陸遜の仕事に支障をきたさないよう気を使ったのだ。

互いをとても、大事にしている。
正式に祝言をあげた後、彼らは仲の良い夫婦になるのだろう、羨ましい限りだ。
凌統にはまだ、そこまで大切に思える人が居ない。
将来的には妻を娶り子を成さなければならないが…今は色事より目先のこと、明日からの戦に集中したい。

そこで、ふと思い出した。
甘寧と落涙、二人の仲について女官から聞いた噂話だ。
普段落ち着きはらった陸遜も、彼ら二人の話題になると、何故か冷静さを失う。


 

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