色褪せた文字



「甘寧が…貴女を気にするのも、頷ける」

「はい?」

「甘寧は、貴女との繋がりを断つのが怖いのかもしれぬな。落涙殿…、あいつは乱暴者だが、決して愚かな男では無い。どうか、これからも仲良くしてやってくれ」


あまり状況を理解していない咲良がこくりと頷くと、呂蒙はうんうんと納得し、自分の中だけで解決させてしまった。
咲良はひとり置いてきぼりをくらったが、どうやら甘寧は、咲良の対応に怒っている訳でもないようだ。


「あの…、呂蒙様からも、私の怪我のことは気にしないでと甘寧さんに伝えてくださいませんか?なんだか、申し訳なくって…」

「ああ。俺に出来ることならば、何でもしてやりたいぐらいだ」


呂蒙は、優しい人だ。
咲良はまだ数回しか顔を合わせていないのに、ほとんど接点の無かった他人のことであっても、こうして真剣に、親身になって考えてくれるのだ。
甘寧と咲良の関係が最悪なものにならぬようにと、人一倍、心配してくれたに違いない。

呂蒙が多くの人に尊敬され、慕われるのは、当たり前のことなのだと思えてくる。
彼を失うことになれば、建業中が悲しみに包まれることであろう。
長生きしてくださいね、と言うには呂蒙は若すぎるので、心の中でそっと呟いておいた。


(それにしても…、難しそうな本ばっかり。やっぱり、少しは中国語を勉強した方が良いかな…)


漢文など、授業で簡単に触れた程度である。
特別に興味も抱かなかったため、まともに読み書きも出来ない咲良は、書物の内容は気にせずに状態の確認だけをしていた。
頭が痛くなるため、ずらずらと羅列された漢字はあまり見ないようにしていたのだが、咲良はある本の最後のページに目を止める。

それは、とても古い本だった。
黄ばんでいるし、湿気を含み文字が滲んで何と書いてあるのかも読み取れない。
だが…そこだけ筆跡が違うのが気になる。
まるでメモを取るために殴り書きをしたような…、本が完成してから改めて書き込まれたものに思えた。


「呂蒙様、これ、何が書いてあります?」

「これは…、所々文字が潰れているが、どうやら詩のようだ。しかし、何とも…」


呂蒙が難しそうな顔をするぐらいだ、書かれている内容は理解し難いものなのかもしれない。
プロの詩人のメモではなく、恋する少女のポエムだったりして。

咲良は歪んだ字をぼうっと見つめた。
かろうじて読み取れた、"祝福"の二文字。
この詩を書き記した人物は、いったい誰の幸せを願っていたのだろうか。
やっぱり、片想いの相手?
それとも、恋人や友達、家族について?
そんなどうでも良いことを考えて、咲良は小さく笑みを浮かべた。


「私には読めませんが、きっと凄く素敵な詩だったんだろうと思います」

「うむ。咲良殿に気に入られ、名も知れぬ詩人も報われたことであろう」


"しあわせに、なりなさい"
呂蒙に読み取れたのも、その一文だけである。
それでも、この詩に出会えたことが、呂蒙のお手伝いをして得た一番のご褒美だ。



END

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