色褪せた文字



宴が催されるため、城内では使用人や女官達がバタバタと準備に追われていた。
逆に、戦場に赴く将兵らは出陣を控え、各々自由な時間を過ごしている。

尚香との話を終えた咲良は、自室に戻るため足を進めていたが、以前一度だけ訪れた書物庫の扉が開けっ放しになっているのを見て、何となく中を覗いた。
相変わらず薄暗い室内には、人の気配も感じられず…誰かが戸を締め忘れてしまったのだろうか。


「失礼、落涙殿」

「ひゃっ!!呂蒙様?」

「すまん、驚かせてしまったな」


背後から聞こえた声は呂蒙のものだ。
以前お願いした通り、彼は敬語を使わずに話しかけてくれたのだが、咲良が慌てて振り向けば、呂蒙は困った顔をしていた。
恐らく、咲良が入り口を塞いでいたために、邪魔をしてしまったのだ。


「ご、ごめんなさい!誰もいらっしゃらないのかと思ったので…」

「いや、俺が扉を開けたままにしたのがいけなかった。書物を運び出していたのだ」

「え…、呂蒙様、お休みになられないのですか?」


日頃から、休日を休日らしく過ごしたことなど無いさそうな人だが、出陣の前日なのに、こうして細かな仕事をしているなんて。
直接的に戦に関係ないのならば、後回しにすれば良いのに。
呂蒙が努力家なのは分かるが、きちんと休息は取ってほしい。
咲良の想いを察して苦笑する呂蒙は、性分だから心配することはない、と口にした。


「司書が仕事を滞らせている訳ではないが、たまにはこうして整理しなければ、書物が駄目になってしまうからな」


呂蒙は書庫を見て周り、湿気のせいでカビが生えたり、文字が滲みかけていたりしている本や竹簡を、少しずつ運び出していたのだという。
書物は貴重なのだろうだが、それを出陣を控えた身である呂蒙がしなければいけないのかと、疑問が浮かぶ。


「呂蒙様、宜しければ私にお手伝いをさせてください!お役に立てないかもしれませんが…」

「落涙殿が?それは有り難いのだが…貴女に労働をさせたら、甘寧に抗議されそうだな」

「へ?甘寧さんが?」

「いや、こちらの話だ。では、お言葉に甘えるとしよう。手伝っていただけると非常に助かる」


ここで呂蒙の口から甘寧の名が出てきたことに驚くも、はい、と咲良は頷き、さらりと流す。
少しでも早く仕事を終わらせて、呂蒙に休んでほしかったのだ。

…と言うのも、樊城の戦いの後、呂蒙は病に倒れ、床に伏せるようになってしまう。
彼の死期が、近いのかもしれないのだ。
正史とも演義とも異なる、無双の世界ではあるのだが、こうして元気な呂蒙の姿を目にしても、咲良の不安は拭われない。


 

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