束の間の輝き



咲良の頭に浮かんだのは、既に思い出となってしまった悠生の姿だった。
もう二度と、会えないかもしれない。
だが、諦めたくはない。
元の世界に帰れなくとも、いつか必ず悠生を見つけ出して、一緒に暮らしたい。


「…今は、駄目なんです。此処には私の家族がいません。このままでは、私はずっとひとりぼっちのままです。怪我が治ったら、国を出て家族を…弟を、捜しに行こうかと…」

「待って!落涙、あなたは一人旅をするつもり?無理よ!危ないわ!」


旅の経験など無く、体力も並以下の咲良が乱世を渡り歩くことが出来るはずがない。
だが、そうでも言わなければ。
いつまでも何も変わらない、死ぬまでずっと、平行線のままだ。


「家族を孫呉に呼べばいいじゃない。他国に暮らして居るなら、私が手を尽くすわ」

「……、ありがたいお話なのですが、弟は…今何処に居るかも分からないんです。生き別れ同然でしたので…」

「そんな…、あなたが…、これほど辛い目にあっていたなんて…」


尚香はきっと大袈裟に受け取っている。
平和な暮らしに慣れていた自分が、右も左も分からない戦乱の世に放り出されて、マトモな精神を保っていられる…それは、感覚が麻痺しているのかもしれない。

だけど、辛いのは私だけじゃない。
蜀、劉備の治める国と争わなくてはならない尚香こそ、辛く苦しいはずなのに、こうやって他人の心配をしているのだ。
彼女は今でも、一途に劉備を愛しているのに、…咲良が知る物語の孫夫人には、悲しき結末が待っている。

だが、悠生の未来は、咲良にも分からない。
だから、たとえ敵国に身を寄せていようとも、悠生も再会を願ってくれていると、信じている。


「決めた!私が協力してあげるわ!明日になったら、私も戦で孫呉を離れる予定だから、あなたの家族の情報を探してみる。だから、元気を出して、ね?」

「尚香様…ありがとう、ございます…」


考えるばかりで行動しない、情けない自分。
強くて、優しい尚香。
この差が縮まることはないだろう。
彼女は大きな女性だ。
本当に…劉備と幸せになってほしかった。
私は願うばかりで、何の力にもなれない。

それならせめて、心の言葉を伝えよう。
もっと沢山、笑顔が欲しいのです。
消えることのない、孤独が紛れるから。


「尚香様…あ、あの、宜しかったら…私と、友達になっていただけませんか?」

「ええ、勿論よ!嬉しいわ!ねえ…落涙。こんなことを言っても何の慰めにもならないかもしれないけれど、落涙は私の家族よ。孫呉の民は、皆一つの家族なの」


友達で、家族。
嘘偽りの無い、尚香の笑顔は美しい。
彼女の言葉が酷く優しいものに感じられ、咲良の瞳からじわりと涙が溢れ出た。
耐えることなど出来なかった。

それは悲しい涙なのかもしれない。
それでも、尚香の言葉が嬉しかったから、こぼれ落ちた涙も、あたたかいものだった。



END

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