束の間の輝き



「いらっしゃい、落涙。急に呼び出してごめんなさいね」

「いえ…尚香様、私に用事とは…」


尚香とはこれまで数回顔を合わせたが、にっこりと笑みを浮かべる姫を見ても、緊張せずにはいられなかった。
彼女は国で一番偉い存在であろう孫権の妹なのだ、こうも簡単にお招きされて良いのだろうか。
粗相が無いようにと、考えすぎるあまりにガチガチになっている咲良を、尚香や周りの女官は微笑ましく思ったのか、静かに笑っていた。

よくよく見ると、尚香は侍女に着付けをされているところだった。
今夜の宴のためであろうか。
いつもの尚香は活動的な服を着ているが、今日の彼女は姫らしくひらひらした可愛らしい衣装を身に纏っていた。


「ねえ、落涙。私、あなたに一度聞いておきたいことがあったのよね」

「何でしょうか?」

「あなたって、何者なの?」


どきり、とした。
尚香は他愛ないお喋りのつもりなのか、いつもと変わらぬ軽い口調で問いかけたが、対して咲良は言葉を失い、目を合わせられなくなるほどに動揺してしまった。

すぐに着付けは終わり、侍女達は既に払われてこの空間には咲良と尚香だけであった。
だから尚更、沈黙がつらい。
心臓の音が、聞こえてしまいそうだ。

何者、と問われた。
今まで誰からも追求されたことが無いので安心していたが、名も出身も明かさず城に入り浸っている自分は確かに怪しい存在には違いない。
日本云々語ったところで、ここには咲良の戸籍も無ければ出生記録も存在しないのだから、簡単に信用されるとは思えない。


「何者…とは?私の素性に何かしら問題でもありましたか?」

「違うわ、ごめんなさい、不快にさせたかしら。あなたを疑っているんじゃないの。ただ、不思議に思っただけ。落涙が建業に訪れたのはごく最近のことなのでしょう?それ以前はどうしていたのかしら。あなたはどうして、孫呉を選んでくれたの?」


恐らくではあるが、尚香は同じ年頃の落涙に興味を抱き、簡単に経歴を調べさせたのだろうが…思うような結果が得られなかったため、疑問を抱いてしまったのだ。
建業以前の動向が分からない、それは、調べても分かるはずがない。
何故なら、スタート地点が建業なのだから。

落涙の名は、楽師として広まった名だ。
笛の評判が付いてまわる、故に咲良の足取りは分かるものだと尚香は考えている。
だからこそ、疑念が生まれた。
しかし…尚香に悪意が無かろうと、咲良には、真実を打ち明けることなど出来ない。


「蜀でも魏でも、私は変わらずに笛を奏でることが出来たと思います。今、私が此処に暮らしているのは…皆さんの善意に甘えているだけなんです」

「そう…落涙にとって、この国は暮らしにくいかしら?」

「いいえ、私は孫呉が大好きです。こんな私を受け入れてくださった、優しい方々がいる、この場所が好きです。…ですが…」


 

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