束の間の輝き



「あ、後で…お部屋に伺おうとは思っていますが…」


初々しくて可愛いなあ…などと、頬を染める小春に癒されてしまう咲良は、彼女の想い人が陸遜だと分かっていても、胸を痛めることはなかった。

小春は姫という立場上、皆の前では立派に振る舞わなければならないのだろうが、こうして、笛の師の前では心の内を明かしてくれる…そのことが咲良には嬉しく感じられた。


(私は師匠なんだから、小春様の寂しさを紛らわせてあげなくちゃ!陸遜様が、無事に帰ってくるまで…)


陸遜のことを意識しているつもりは、全く無かった。
想いに気付いてからは、早く忘れてしまおう、とずっと自分に言い聞かせていた。
彼の優しさに惹かれ、少しだけ、抱いてしまった淡い恋心を。
幼いながら、陸遜を一途に慕う健気な姫に比べたら、自身の想いはどれほど中途半端であろうか。


(せめて、陸遜様とちゃんとした友達になりたかったな…私、我が儘だから…)


練習を終えて小春が退室した後、咲良は寝台の上に座り、音曲の本を眺めながらぼやっとしていた。

劉備…同盟のため、彼に嫁いだはずの孫尚香が呉に戻っているということは、やはり咲良がこの世界に紛れ込む前から、孫権と劉備との間で争いが起こっていたのだろう。
樊城の戦い後、軍神・関羽の死により…二国の間には更なる亀裂が生じ、関係は悪化していく。
今回、この戦に勝利するのは魏と呉の連合軍だ。
咲良が孫呉の将達の身を案じても、結果が分かっているので大きな不安は無いのだが…


(確かなことは分からないけど、悠生が…私と同じ道を辿っているとしたら?)


もしも、を想像すると必ず悪い方に走ってしまうが、考え出したら止まらない。

咲良は多くの人の助けにより、いつの間にやら孫呉の、建業の城に世話になっている。
現実世界であればこう上手くはいかないだろう、無双の勝手を知っていたからこそ生きてこれたのだ。

悠生は咲良のように目立った特技は無く不器用な性格ではあるが、無双は遊び尽くしているし、元々頭は良い子なのだ。
彼が魏に居るとしたら曹操や司馬懿に、蜀に居るとしたら、きっと劉備や諸葛亮に接触を試みるはずだろう。
直接本人に会えなくとも、何かしら行動は起こすはずだ。
咲良と同じように、"元の世界へ帰ること"を望んでいるのならば。


(それなら、悠生が一緒に来ているかもしれない!私も樊城に行きたい!)


指揮官は呂蒙だ。
彼に同行を願い頼み込めば…!

悠生に繋がる道を見付け、期待に胸が高鳴る。
反射的に部屋を飛び出すも、廊下の冷たい空気に触れた咲良は、急に冷静さを取り戻した。


(…楽師は戦に必要ない、って言われるよね…普通に考えたら…)


尚香のように努力して鍛錬を積んでいる訳でもなく、運動神経もすこぶる悪い。
フルートが戦の何に役立つだろう、しかも今は唯一のアピールポイントである落涙の笛が、怪我により吹くことが出来ないのだった。
…バカみたいだ。
一人で熱くなり、現実を思い知ればこうやって落ち込んで。


「落涙様、孫尚香様がお呼びでございます。お時間がありましたら、是非にと…」

「え?尚香様が、私を…?」


尚香の遣いとして落涙の元を訪ねたという女官が、部屋の前で立ち尽くしていた咲良に用件を伝える。
姫様に呼び出しを喰らうだなんて、何か悪いことをしただろうか?
これと言って思い当たることも無く、自分を案内する女官の背を見ながら、咲良はまた頭を悩ませるのだった。


 

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