束の間の輝き



小春は窓際に置かれた鉢植えを見て、「綺麗ですね」と褒めてくれた。
甘寧に貰った、胡蝶蘭の花。
初めこそ、贈り主と可愛らしい胡蝶蘭のギャップに驚いたが、今こうして花を見る度に幸せな気持ちになれるのは、甘寧からの贈り物が、とても嬉しかったからだ。


(私には勿体無い花だけど…、本当に、幸せが飛び込んできたみたい)


最近は、傷の具合も良くなってきているし、小春への笛の指南も順調である。
教え子が優秀なため、師匠は鼻高々だ。
賢い彼女は三日足らずで咲良の教えた曲を暗譜し、美しく奏でてみせたのだった。


「素晴らしいです!小春様!」


拍手をして賞賛する。
お世辞ではない、小春は本当に凄い。
まだ小学生ぐらいの年頃なのに、演奏技術は大人にも劣らないのだ。

咲良は自分のお気に入りの曲の中から、この時代で通用しそうなものを選び、旋律だけを拾い、笛のみで吹けるように教えている。
ピアノがあれば伴奏のことも考えられたのだが、咲良はこの時代の楽器を何ひとつ演奏出来ないので既に諦めていた。


「実は…今宵、宴があるのです」

「宴ですか?」

「はい。出陣前夜ですので、士気を高めるためでもあるのでしょう。落涙さまにも余興の演奏をご依頼出来れば良かったのですが、まだ傷が癒えられないので…、」


咲良は初耳であったが、今夜、出陣を控えた皆のための宴が催されるという。
城内に落涙という楽師が居るのに、音を披露する場を用意出来なかったことを心苦しく思っているからか、小春は申し訳なさそうにしている。
別に、気にすることではないだろう。
自分の腕前ではプロに及ぶはずがないし、そもそも、城にはお抱えの楽師が沢山居るはずなのだ。
それよりも、咲良が引っかかったのは"出陣"についてだった。


「出陣とは、いったい何処へ?」

「荊州の地を奪還するため、蜀の武将・関羽を討伐するのだと聞きました。主だった将は皆出陣するようです」

「関羽……」


関羽の討伐、つまり…、樊城の戦いを意味しているのであろうか。
咲良にしてみれば、結果が分かっている勝敗の行方よりも、この戦で最期を迎えるはずの、関羽や関平のことばかりが気になってしまう。

劉備の義弟である軍神・関羽と、その養子となった関平。
咲良の知る歴史では、親子は樊城の戦いで大敗し、捕えられ…、呉軍によって斬首される。

無双の世界に来てから、咲良の暮らしは基本的に平和だったので実感も無かったが、こうしている間にも、各地で戦が起きているのだ。
名も知れない人々が散っていく。
己の信じた主の天下を勝ち取るために。

関羽達の悲劇を、一連の歴史の流れを知っていたとしても、臆病で無力な自分には、未来を変えることなど出来やしないだろう。
しかし、蜀と呉が敵対しているのならば、呉に身を置いている咲良が関羽の身を案じること自体、許されざることだ。

そもそも、無双の世界だとは言え、安易に歴史を変えて良いはずがない。
用意されたストーリーをなぞるだけで良いのだ、余計なことをして、最悪の結末を見ることとなったとしても、どうにも責任は取れないのだから。


「わたしは…伯言さまにお会い出来ないことを、寂しく思います。戦が長引かなければ良いのですが…」

「小春様はお優しいですね。でしたら今日、沢山甘えていらしては?きっと陸遜様も喜ばれると思いますよ?」

「ら、落涙さま!そのようなこと…」


小春は、大人びていてもまだ子供なのだ。
人目は気になるかもしれないが、甘えるのに許可が必要ということは無いだろう。
彼女は大喬と同じで控え目な性格ゆえに、活発な小喬のように好きな人に突撃なんて出来ないとは思うが、婚約者の陸遜相手に遠慮は要らないはずだ。


 

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