弱虫の内面



「甘寧さんって、本物の暴れん坊将軍ですよね。部下の皆さんが苦労している様子が思い浮かびます。もう少し協調性を持った方が良いかなあ、と…」

「な、何だよ、説教か?」

「どう思っているか、でしょう?私は…正直、甘寧さんのような賑やかな人は苦手でした。けど、私は甘寧さんの真っ直ぐな瞳が、凄く好きですよ」


真っ直ぐな瞳が、好き。
何度も確かめるようにして、甘寧は頭の中で彼女の言葉を繰り返した。
素直に、嬉しいと思った。
気を引こうと、上辺だけを口々に褒める妓女とは違うのだ、落涙は。
しかし、確かな喜びを感じていると言うのに、同時に胸の奥が締め付けられるように痛み出す。

甘寧は身の異変に戸惑いを覚えた。
喧嘩の後でも無いのに、心の臓が異様に鼓動し、吐き出す息さえ熱いと感じた。
たった一言で、落涙の心に触れられた気がして、甘寧は心底満たされる想いをした。
落涙に与えたはずの幸せが、甘寧の中に飛び込んできたかのようだ。


(ああ…そうか…こいつだから、か?)


そこで、甘寧は漸く自覚することとなる。
落涙が気になって仕方なかったのも、決して罪悪感だけが理由では無かった。
生まれて初めて抱いた感情にも関わらず、甘寧は全てを悟ったのだ。

この女は、自分の中身を見てくれている。
孫呉の将軍としてではなく、甘興覇という一人の男を理解し、歩み寄ろうとしているのではないか。
…自惚れても、良いのだろうか。
期待しているのは、自分だけかもしれない。
それでも、甘寧はその笑顔が特別なものであることを願わずにはいられなかった。


(…あんたは、俺の心を愛してくれるか?なあ、落涙…俺はいつから、あんたが良くなっちまったんだ?)


落涙に、惚れた。
昨日か今日かも分からない。
己の不安定な心は、甘寧も知らぬ内に、この涙の少女に捕らわれていたようだ。


(ああ…ったく、ますます離れられねえよ。だが、今はどうしようもねえな)


純潔の娘に、抱いてしまったのは汚れた想い。
処女は抱けない。
そこまでの責任を負う自信が無いから。

そして、甘寧は出陣を控える身である。
戦場に女は必要無い、むしろ邪魔だ。
甘寧の活躍を願い、毎夜遅くまで執務室に籠もって策を練っている呂蒙を裏切ることだけはしたくない。


「なあ…俺の鈴、ちゃんと持っとけよ」

「はい。私のお気に入りですから!」


落涙に鈴を渡していて良かった。
甘寧の鈴の音は、彼女に悪い虫が付かないよう、役立ってくれることだろう。
流れている噂を、真実だと仕立て上げれば良い。
既成事実を作れば一番効果的なのだろうが、今出来ることは、鈴を身に付けさせることだけだ。


「じゃあな。俺は帰るぜ」

「甘寧さん、ありがとうございました!おやすみなさい」

「ああ…お休み」


落涙の態度は、以前と何ら変わりない。
甘寧が一方的に恋慕の情を抱いただけなのに、落涙の些細な一言が、胸に熱く響く。

…抱き寄せたく、なってしまう。
腕に閉じ込め、強く抱いたら、落涙はどのような反応を示すのか。
童貞じゃあるまいし、好きな女の艶姿を想像して体が震えるなど、格好悪いにもほどがある。
想いを自覚した途端にこれだ、愛しさが間違った形で爆発してしまいそうで…甘寧は自分を叱咤する。


(胸糞わりぃな。俺には我慢なんて似合わねえ…が、今は、耐えろ)


戦を終えた、その時が勝負だ。
真っ先に、落涙へ想いを伝えに行く。
まずは、心を手に入れてやる。

体に染み着いた胡蝶蘭の香り…、今も落涙が、傍に居るかのようだった。



END

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