弱虫の内面



「あいつに怪我を負わせた俺が言うのも変だが、俺は…落涙を守ると決めたんだ。それが、俺のけじめなんだ」


内心で、甘寧は後悔していた。
普段過去を悔いたりすることは無いが、落涙に関しては、後悔してばかりである。
…妻にして責任を取ってやる、などとよく言えたものだ。
以前から凌統には指摘されていた気がするが、無神経にも程がある。

未来ある彼女のこれからを決め付け、自由を奪って良い権利は誰にも無い。
だからこそ、落涙を自分のものにしようとは思わなかった。
彼女の方から迫って来たならば…、話はまた別だが。


「それを聞いて安心致しました。甘寧将軍の御心…とても美しく思います」

「へへっ。美しいなんて言われたの、生まれて初めてだ」

「もしものことがありましたら…、落涙さまを宜しくお願いしますね」


ふわっ、と子供らしく微笑む小春は、評判通りに可愛らしい娘だ。
だが、その胸の内では、何を考えているのか知れたものではない。
小春が落涙の身を案ずる気持ちは、師弟間に生じる限度を越えているようにも感じられた。
ただ、敬愛する師の幸せを望んでいるだけなのかもしれないが、もし甘寧が本気で落涙に無礼を働いていたならば、小春は甘寧を恨んでいたかもしれないのだ。


(何にしろ、末恐ろしいお姫様だぜ…!さすがは、陸遜の女だな)


深く頭を下げ、立ち去ろうとする小春を今度は甘寧が呼び止めた。
このようなことを聞くのは如何なものかと、どうにも言い出しにくく、用件を口にするまで時間を要したが…意を決し、言葉にした。


「落涙は、何を貰ったら喜ぶと思う?あいつ、頑固でよ、俺にはお手上げなんだ」

「そうですね…花はどうでしょう?女性は花をもらって悪い気はしないものです」

「花か…、よっしゃ、ありがとな!」


布や薄汚れた鈴だけで済ませるなんて、甘寧の方が耐えられなかった。
確かに、花ならば安価だが部屋に飾ることが出来るし、落涙は…きっと、喜んでくれるのだろう。
彼女の反応を想像し、甘寧はにやけながら、花を調達しに向かうのだった。


すぐさま庭園に訪れた甘寧は、色鮮やかな花々が並ぶ花壇を見渡し、落涙に似合うものを真剣になって選んでいた。
近くに居た女官に相談すると、事情を知った彼女は快く協力を引き受け、甘寧が自ら選んだ花を、小さな鉢に移し替えてくれた。
すぐに枯れてしまうならば、意味が無い。
次に顔を合わせるときまで、美しく咲き誇ってもらわなければならないのだ。

こうして完成した"贈り物"を手に、甘寧は落涙の部屋を目指した。
しかし、甘寧は女に花を贈った経験は無く、すれ違う将兵達がやけに不思議そうな視線を向けるものだから、苛立ったが構っている暇はない。

二、三回戸を叩き、開いた扉から顔をのぞかせる少女を見た。
訪問者が甘寧だと分かると、落涙はきょとんとした表情で、目を丸くしていた。
年齢よりも幼い子供のように見え、素直に可愛らしいと感じた甘寧の口元にも、自然と笑みが浮かぶ。


 

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