弱虫の内面



(手を出したって、何も構うことはねえだろ)


長年貫いて来た考え方を、曲げることになってしまうかもしれない。
その時はその時だ。
真剣に悩んだところでどうにもならない。


「甘寧将軍!」

「あぁ?っと…ちっす」


突如、下方から聞こえてきた幼い少女の声…、それが孫小春のものだと分かると、甘寧はそれとなく態度を改める。
背の低い者から声をかけられても、耳に届かないのだ。

後ろに数人の侍女を連れた孫策の娘は、移動の途中だったようなのだが、いったい何の用があって声をかけたと言うのだろうか。
この幼い姫とは、過去、一度たりとも話をしたことが無い。
武芸を嗜む孫尚香と違い、大人しく淑やかな孫小春は、甘寧のような粗野な男を苦手としているはずだ。


「突然呼び止めて申し訳ありません」

「いや、別に構わないんだがよ、何だって俺を…?」

「甘寧将軍と落涙さまとの噂を、確認しておきたかったのです」


言いにくそうに口にした、小春の質問の意味も、落涙の名が出てきた理由も、甘寧には全く訳が分からない。
噂が流れていることなど、知らなかった。
これと言って他人に興味を示さない甘寧は、女官が興味本位で交わす噂話などまるで耳に入らないのだ。
これと言って思い当たることも無く、甘寧が真面目な表情をして首を捻ったため、小春は驚いたようだ。


「甘寧将軍は、落涙さまのことを、どう思っていらっしゃるのですか?」

「あ?何だってオレがあいつと…いや、待てよ。もしかして、その噂、まさか…」


思い当たることが、あった。
見舞いに行こうとして…早とちりをし、結果、泣かせることとなってしまった。
押し倒したのだ、処女であろう娘を。
落涙との噂の現況となる出来事としては、それ以外に考えられない。


「……、わたしは、落涙さまには幸せになっていただきたいと思っております。真相がどうであれ、甘寧将軍が安易な考えの元で、そのように…不埒な、良からぬ噂となるような行いをしたのであれば…」


子供らしからぬ物言いをするが、小春は前皇帝・孫策と、絶世の美女とうたわれる大喬の血を引き、しかも、あの陸遜の許嫁である。
肩書きからして、小春がただの小娘ではないことは明白だった。

甘寧は小春の気迫に圧され、情けなくもたじろいた。
じっと甘寧を見詰める彼女は真剣そのもので、言い逃れも、言い訳も許されない。


「俺は…疚しい事は何もしてねえよ。あいつと顔を合わせたのは数回だ。あんたが危惧するような、妙な仲って訳でもねぇ」


嘘偽り無く、全て事実である。
出会った頃は、被害者と加害者でしかなかった。
そのような最悪の関係が、時の流れに従い、少しずつ緩和されたようにも思える。
だが、一定の距離間は保たれているはず。

涙を名に持つ少女。
もう二度と、泣かせたりはしない。


 

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