一つの喜び



「甘寧殿は、落涙殿を変わった御方だと思われているのですか?」

「変わり者には違いねえだろ?あんな変な女、滅多にお目にかかれないぜ。しっかしなぁ…善人なのは良いが、今にも潰れちまいそうでよ…」

「む。どういう意味だ?」

「意味なんかねえよ。そう思っただけだ」


しれっと言うが、「それでは答えにならんだろう」と呂蒙は苦笑する。
対して陸遜は押し黙り、甘寧の言葉の意図をじっと考えていた。
落涙が甘寧に惚れている…、彼のものを欲しがった訳だから、それは間違いない事実なのだろう。

問題は、甘寧の方だ。
彼は落涙を気にかけ、接する内に、彼女の中に閉ざされた深い闇を見付け出した。
彼女は、人と一歩距離を置いている。
恐らく落涙自身、無意識なのだろう。
感情的になった時には、涙と共に心を見せてくれるが、落涙は本音を言わない。
人との関わりを恐れてはいるが、本心を隠し、痛々しいほどに笑顔を振りまいているのだと、陸遜は感じていた。

甘寧にとって、落涙は特別な存在になりつつある。
それが愛情であるのか、単なる興味なのかは、未だに掴めないが。


「だから、俺が守ってやろうと思ってよ。あいつはまだガキだからな。俺のカンが正しけりゃあ、処女だろうし」

「こら甘寧!下品な事を言うな!」

「おっさん!んな怒鳴るなよ!心配すんなって、俺は、処女には手を出さねえって決めているんだよ」


甘寧は至って真面目に発言しているのだが、微妙に話の論点がずれている。
彼のせいで気苦労が絶えない呂蒙は、日々胃痛に悩まされているのだ。

言い合う二人を余所に、陸遜は手元の竹簡に視線を戻した。
甘寧と落涙、想いが通う日は、案外早く訪れそうだ。
次の戦がどう影響するか、陸遜には想像出来ないこともないが、あまり考えたくない。


(…羨ましいなんて、言えるはずがありません…)


自分の感情に素直に生きる、好いた人を守りたいと口に出来る甘寧が、羨ましいなんて、思ったら、あらゆる事に負けてしまう気がするのだ。
それこそ、惨めではないか。
自分に絶望するのだけは、本気で御免だ。



END

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