一つの喜び




「……なあ、二人とも聞いてくれよ」


執務室にて呂蒙と資料の整理をしていた陸遜だが、戸を叩きもせずにずかと部屋に入って来た甘寧の言葉に、思わず作業の手を止める。


「甘寧殿、今日は凌統殿と城下に出掛けていたのでは?」

「何。そうなのか、甘寧」

「その通りなんだがよ」


どかっ、と椅子に腰掛けた甘寧は、珍しくも難しそうな表情をしていた。
凌統と甘寧は命を狙い狙われる関係…、手の付けようがないほどの不仲であった。
落涙という楽師の少女に傷を負わせたことにより、二人の仲が一層悪くなるのではと呂蒙辺りは危惧していたが、むしろ彼らの距離は近付いたように思う。


「甘寧殿?鈴をどうされたのですか?」

「あ?鈴か。それがよ、あいつにあげたんだ」


陸遜は彼の腰に飾られている、馴染みの鈴の数がいつもと比べ足りないことに気付き、尋ねたのだが…、さも当然と言うかのようにあっけらかんと答える甘寧に、肩透かしをくらった気分だ。


「貴方の鈴を欲しがるなんて、まさか凌統殿では無いでしょうね?」

「万が一にもそれはないだろう陸遜。だが甘寧、俺も気になるぞ。いったい誰に…」

「だからあいつ。楽師の落涙。凌統と金を出し合って、落涙に贈り物をすることに決めたんだが…」


甘寧の口から落涙の名前が出て、陸遜は初めこそ驚いたが、何とか内に抑え込む。
詳しく聞けば、今日、二人は落涙を連れ出し、店を見て回った結果、彼女が選んだものはただの布だったという。
それでは安価すぎて謝罪の品にならないため、ギリギリまで選ばせたが…結局落涙が欲したものは、衣服でも、櫛や簪でもなく、甘寧の鈴だったらしい。


「変な奴だよな。何を考えているのか全く分からねえ」

「甘寧。彼女は恐らく、お前を好いているのではないか?」

「はあ!?何だよそれ…むしろ、毛嫌いされているぜ?」

「陸遜。お前はどう思う?」


呂蒙に意見を求められ、陸遜は口を開きかけるが、気の利いた言葉が全く出てこなかった。
何か言わなくては疑念を持たれてしまう。
私も呂蒙殿と同意見です、とそれだけ答えればいいのだ、だが、その一言が声にならない。


 

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