一つの喜び
半ば呆れたような顔で、口々に言われてしまう(謙虚さは長所だけど、度が過ぎると)。
嫌みには聞こえないが、その言葉から読み取れた感情は、落胆だった。
気を使っていたのは、私の方だったのか。
自分に正直に居たつもりだったのだが…彼らにとってそれは虚言だったようだ。
欲しいものは手に入ったから満足しているのに、もっと女性らしい物を選べと言われても、どうしてもピンと来ないのだ。
適当にとは言わないが、何かしら選び買ってもらうべきだったのかもしれない。
そうすれば、彼らの善意を無碍にすることも無かったのに。
(可愛くない女だって、思われたかな…?)
二人はきっと、髪飾りや服を選んでほしかったに違いない。
間違っても、謙虚なふりをしているつもりなど無いのけれど、もしかしたら私は八方美人なのだろうかと、咲良は深刻に悩み始める。
…きっと、陸遜への気持ちだって、誤魔化そうとしている。
好きな人は、作ってはいけない。
いつか、故郷に帰る日がくるかもしれないから。
此方の世界の人と想いが通えば、歴史に歪みが生じてしまい兼ねないし、何より別れがいっそう辛くなるから。
でも、これから、陸遜の姿を見て平然としていられる自信が、咲良には無かった。
陸遜だからこそ、駄目なのだ。
彼には小春という可愛らしい恋人が居る。
…全く、厄介な想いを抱いたものだと、咲良は小さく溜め息を漏らした。
いっそのこと、陸遜についた嘘を真実に…、甘寧に恋をしてしまった方が、気が楽になるのではないか。
見るからに飽きっぽそうな甘寧ならば、一人の女に本気になることは無いと…、咲良は都合良く思い込み、ぱっと笑顔を浮かべてみせた。
「甘寧さんの…」
「あ?」
「その…鈴が欲しいです。私にいただけませんか?」
咲良が指し示したものは、甘寧の腰にいくつか括りつけられていた、大きめの鈴だ。
鈴の甘寧と呼ばれる、彼の象徴である。
またもや、二人は驚愕していた。
特に甘寧は、咲良の心が理解出来ないようで、暫し立ち尽くしていたが…、ついにはブチッと鈴の紐を切った。
「いくらでも代えはあるし、欲しいなら、やるけどよ…?あんた、俺の鈴を貰って嬉しいのか?」
「はい。鈴、可愛いじゃないですか?」
鈴を鳴らし、ちりん、と控え目な音を聞く。
微かに色褪せて、純粋な金色では無かったけれど、咲良にはとても価値のあるものに思えたのだ。
「甘寧の鈴を欲しがるなんて…俺、もっと落涙さんが分からなくなってきた…」
凌統は困惑したように口にするが、咲良は笑って誤魔化すことにした。
咲良の手のひらに転がる鈴。
澄んだ音が耳に心地よく響いた。
甘寧を恐れる人にとっては、聞きたくもない音なのだろうけど。
これは、大切な役割を果たすのだ。
咲良が鈴を見る度に、甘寧を思い出すことが出来る。
いつの日か、心の向きが変わるように…、咲良は強く願い、飽きることもなく鈴を鳴らした。
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