一つの喜び



咲良が向かうのは、衣服を扱っている顔馴染みの商店だった。
落涙を心配していたらしい店主は、咲良の元気な姿を見て安心してくれたようだ。
甘寧と凌統は咲良が何を選ぶのか興味津々だったようだが、意気揚々と店主に伝えた商品名に、二人は同じように非難の声を上げた。


「あんた、そんなのが欲しいってのか!?」

「いくらなんでも…、落涙さん、自分で服を作る気かい?」

「いえ、私はそこまで器用じゃありませんよ。笛の手入れに使いたくて、ずっとこれが欲しかったんです。一度自分で購入したんですけど…私、何処かに置き忘れてしまったようで…」


手触りの良い真っ白な布を見せ、咲良は笑う。
笛の手入れに使うガーゼの代わりにと、前々から欲していたものだ。
何重にも巻いてもらい、筒状になったそれを店主から受け取った咲良は、以前、自腹で購入した布の行方について思案した。
すると、凌統は何か思い当たることがあったのか、あっと声を出し、困ったような顔をする。


「凌統さん?」

「白い布って、あれ…俺が多分、落涙さんの、肩の怪我の応急処置に使ったんだ」

「ああ。道端に丁度良い具合に布が転がってたからな…、って、それがあんたの買った布だったのか」


思い出してみると確かに、咲良がこの店で布を買ったのは、二人に出会った日だ。
それならば合点が行く。
積荷の下敷きになった自分が手放した布、当初の予定とは大分違うが、ただゴミとして捨てられるよりは幸せだっただろう。


「凌統さんが処置してくださったんですか?ありがとうございます!私、何も覚えていなかったんですね…」

「そこ礼を言うところじゃないんじゃない?落涙さんって本当に…変わってるなぁ」

「えへ…よく言われます。甘寧さんも、ありがとうございました!布、大切に使いますね」

「お、おうよ!」


二人は店を出るまで、本当にそれでいいのか、と何度も確認してきたが、咲良は頷くだけだ。
だがやはり、彼らは納得してくれない。

女性にはそれ相応の贈り物をしなければ男が廃る、なんてプライドがあったりするのだろうか。
その後も数軒、店を連れ回されたが、特にめぼしい物は無かったので、結局何も購入しないままに陽が暮れてしまった。


「なんだか、すみませんでした…」

「あんたって…損な女だよな。利用出来るものは最大限に活用するべきだろ?」

「無欲なのも良いけどさ、落涙さんがそうやって俺達に気を使うと、寂しいって言うか…少し、落ち込んじゃうな」


 

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