一つの喜び



今日もまた、小春への笛の指南を終えた咲良は、自室で呂蒙に探してもらった本を読んでいた。
複雑な漢字ばかりでほとんど意味が分からないが、小春が言うに「もの凄く分かりやすい解説書」らしい。
やはり、文字の勉強をしなければと思っていた時、訪問者が現れる。


「よう、邪魔するぜ」

「すまないね、落涙さん。いきなり押し掛けて」


甘寧と凌統、彼ら二人が連れ添って咲良を訪ねてきたのだ。
これには、驚くなと言う方が無理だろう。
無茶な要求をしてしまったから、いい加減我慢が出来ずに怒鳴り込みに来たのかも…と背筋が冷たくなる。


「支度しろ。出かけんぞ!」

「え?」

「落涙さん、俺達の頼み、聞いてもらえないかな?」


怒られる…訳ではなさそうだ。

様々な疑念を抱きながらも、甘寧と凌統の後を着いて行けば、どうやら城下に向かっているようだった。
何故私を、と問うと、凌統は苦笑しながらも質問に答えてくれる。


「…こいつと話して、落涙さんに贈り物をすることに決めたんだ」

「だがあんたの好みを知らねえ。あれこれ考えるのも面倒だから、手っ取り早く本人引き連れて行くことにしたんだよ」


この人達は…、本当に気を使ってくれる。
怪我は順調に治っているし、完治した後にリハビリとして、少しずつ筋肉をほぐしていけば元通りになると思うのだ。
残念ながら、咲良の腕から包帯が取れるまで、彼らは対等に接してくれないのだろう。


「…で、何が欲しい?値段は気にすんな」

「す、すぐには思いつきません…」

「じゃあ、少し歩いてみますかね」


こうして、咲良は二人と共に城下街を歩くことになってしまった。
両手に花とは言い難いが、いずれ歴史に名を残すことになる将軍達と、こうして肩を並べているなんて…、信じられないことである。

建業の街で、落涙と言えば、それなりに名の知れた奏者だ。
しかも、その落涙を事故に巻き込んだ将二人が側に居る…それこそ注目の的だ、皆は目を丸くしていることだろう。


(二人の距離が近付いたみたいで嬉しいけど…欲しいもの、って言われてもね)


色鮮やかで可愛らしい髪飾りや衣装を見ても、自分には似合わないからと、手に取って見たらすぐに品台へ戻す。
特に、欲しいものなど思い当たらないのだ。
日用品は支給されるし、師という名目で招かれた身であるので、咲良には派手な飾りも、化粧をする必要も無い。

正直なところは、買い物よりむしろ蘭華に会いに行きたいと思ったが、彼らは忙しい中、自身の時間を使って咲良を誘ってくれたのだ。
寄り道を願い出ることは出来なかった。


「こういう飾りは気に入らないかな?」

「可愛いですけれど…私には、可愛すぎると言うか…」

「服はどうだ?あんた、法要の日、派手な衣装着てたじゃねえか」

「あれは正装だっつの。でも、服ってのは良い考えかもしれないな」


二人が一生懸命考えてくれるから、早く決めなければと咲良は焦ってしまう。
可愛いものは大好きだったが、自分を飾るもの、となると話は違う。
自分に全く自信を持てない咲良には、可愛らしい衣服に憧れても手を出すことは出来なかった。
それに、これは二人からの"贈り物"だ。
決定権が咲良にある以上、似合わないと分かっていて手に入れても、身に着けることもせず大事にしまっているだけでは、彼らの気持ちを無碍にすることにもなる。


「…あ、欲しいもの!思い出しました!」


あれこれ考えていたら、ついに欲しいものを思い付いた。
贈り物だからと、何も、服や装飾品にこだわる必要は無かったのだ。


 

[ 56/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -