はじまり



『敵将、討ち取ったり!』


テレビから、趙雲の勇ましい声が響いた。

いつもと変わらない、土曜日の夕方のことだ。
休日の部活を終え、家に帰ってきたばかりの咲良は、弟・悠生のプレイをぼんやり眺めながら、「小野坂さんはカッコいいね」と的外れなことを呟いた。


「ねえ、咲良ちゃんも一緒にやろう!」

「だめ。悠生、昨日も具合悪くて学校休んじゃったんでしょ?ほら、ゲームばっかりしていないで、ちゃんと寝てなきゃ」

「もう平気だってば!」


唇を尖らせ、頬を膨らませる悠生は一見すれば少女のようだが、これでも男子中学生である。
悠生は生まれつき、体が弱かった。
大病を患っている訳ではないのだが、すぐに熱を出したり貧血を起こしてしまう。
そんな病弱な弟を、姉・咲良はとても心配していた。
だからこそ強く叱れないのだ。
勿論、自分もゲームは好きだが、悠生がゲームに費やす時間は尋常ではない。


「明日はフルートのレッスンがあるの。だから帰り、遅くなるからね」

「ええ!?せっかくの日曜日なのに…つまんないよ」

「我が儘言わない。しょうがないなぁ…一回だけね。女の子使って良いならやってもいいよ」


もうすぐ吹奏楽のコンクールがあるからと、ここ最近は悠生に付き合ってあげられなかったのだ。
少しだけだよ、そう言い聞かせて。
悠生が満面の笑みを浮かべたため、咲良は苦笑してしまった。
本当、女の子だったら良かったのに。
口にしたら怒られそうだから言わないが、少し残念に思ったりもする。

鞄とフルートのケースを床に置いた咲良は、取りあえずゲームをしてから服を着替えようと、セーラー服のまま、悠生の隣に腰を下ろした。


「悠生は誰にするの?」

「趙雲のレベル上げてたから趙雲にする」

「じゃあ私は貂蝉にしよう」

「貂蝉は使いにくいじゃん」

「可愛いからいいの!」


そんな、他愛も無い会話を交わして。
いつもと変わらない土曜日のことだった。




 

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