清らかな雫



「やばっ……!」


デジャヴ…?などと余計なことを考えてる間に、ばさばさと本の雨が咲良の頭上に降り注いでくる。
あの時の積み荷ほどではないだろうが、直撃すれば相当に痛いはずだ。
直に襲いかかってくるであろう痛みを想像し、咲良はぎゅっと目を瞑って、衝撃に耐えようとした。


「……?」


痛く、なかった。
咲良はゆっくりと、恐る恐る目を開ける。
足元を見ると、いくつも竹簡が散らばっているのに、咲良自身は少しも痛みを感じなかったのだ。
よく分からないがほっと安心し……、ふと視線を動かせば、目の前に誰かの着物が見えた。


「間に合って良かった…お怪我はありませんな?」

「…呂蒙…様…?」


聞き覚えのある低い声を耳にし、咲良はぴくりと反応する。
咲良を間一髪で救ってくれたのは、やはり呂蒙だった。

驚愕を隠しきれず、まじまじと顔を凝視していたら、密着していた体を離される。
そこで漸く、咲良は彼が此処に居る理由に気付くことになった。
呂蒙は、身を挺して咲良を庇ったのだ。


「あ、ありがとうございました!呂蒙様こそお怪我は…?申し訳ありません…」

「お気になさらずに。貴女は…楽師の落涙殿か。確か、小春様の師になられたと」

「はい…。何か、使えそうな資料は無いかと此処に来たのですが…」

「それでしたら、…ああ、これなどどうでしょう」


呂蒙は咲良の失敗を注意することもなく、手際良く本棚から数冊の本を抜くと、あたふたするばかりの咲良に手渡した。
パラパラとめくってみれば、咲良が求めていたそれらしい解説書であった。


「ありがとうございます!呂蒙様は何でもご存知なんですね」

「褒められるほどのことではないでしょう。軍義の資料を作るために、よく此処を利用していたから知っているのですよ」


そうやって謙遜するところもまた、呂蒙らしい。
呂蒙は大変な努力家で、武芸に秀でていながら勉学にも励んでおり、あらゆる方面で優れた男なのだ。
それでも、一見すると音楽は得意ではなさそうだが、縁の無いジャンルの本の場所まで覚えているのだから、咲良からしたら凄いとしか言いようが無いのだ。

きっと、彼が此処に訪れたのは、その資料作りのためであり、偶然だったはず。
今日まで言葉を交わしたこともない他人だと言うのに、呂蒙は身を挺して咲良を助けた。
しかも、散らばった竹簡を拾い、片付けまで手伝ってくれたのだ。
身分ある人に、このような雑用をさせるべきではないのに。
心優しい呂蒙が、多くの者から慕われる…、咲良はその理由を身を持って実感した。


 

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