清らかな雫



音を伝える、ということは、兎にも角にも難しい。
フルートが吹ければ難しいこともなかったのだが、右腕には未だに痛みが残り、使い物にならない今の状況ではどうにもならないのだ。

笛の指南をするために、咲良は自室で、小春と向き合っていた。
大喬に言われた通り、遊びの延長と言うことで…、思ったよりは、気を使うこともなかった。
咲良はいろいろと考えた末、まずは小春に基本の音階を教えてもらうと、頭で覚えて、口頭で小春に伝えた。
それを彼女に書き写してもらい、即席の楽譜を作ることから始まる。


「姫様、お時間でございます」


部屋の外で控えていた小春の侍女が、声をかけてきた。
彼女が此処に来てから、まだそれほど過ぎていないように思えるのだが、小春は多忙なのだ。
笛以外にも教わるべき習い物があるのだろう。
今日は楽譜を作るだけで時間がかかってしまったため、もう少し効率の良いやり方を考えなくてはならない。


「落涙さま、この音曲、譜を見ただけでも素敵な曲だと分かります。明日にはこの旋律をなぞれるよう、練習をしておきますね」


自由な時間など、ほとんど無いだろうに。
健気なほど真っ直ぐな小春に胸を打たれ、やはり自分も改めて音曲の勉強をしなくてはと、咲良はひとり頭を悩ませた。
小春への指南が終われば他にすることがないと言うのも居心地が悪く、それならばせめて、より音楽性を深めるために努力すべきかもしれない。

…図書室、いや、書庫ならあるだろうか。
もし音曲の本が存在し、貸し出しが可能なら、字は読めなくとも、この時代の音楽に触れられるはずだ。

早速、咲良は部屋の外に出て、廊下の掃除をしていた女官に声をかけると、書庫の場所を教えてもらった。
迷子にならぬよう、何回角を曲がったかをしっかりと記憶する。


(あ、此処が書庫かな?…うわっ、広い…!)


漸く辿り着いた書庫だが、一歩足を踏み入れただけで気が滅入りそうになった。
今にも崩れ落ちそうなほど、乱雑に積み重なった分厚い本や竹簡、巻物の数々。
文官でも無い自分が立ち入りを許されるぐらいだから、それほど重要な資料は置いていないはずだが、書庫と言うより物置のような光景に圧倒され、咲良は暫し立ち尽くしてしまった。


閉じた窓の隙間から、光が漏れていた。
恐る恐る足を踏み入れると、埃が舞い上り、咲良は小さく咳き込んだ。
乱雑というほど散らかっている訳でもないのだが、きちんと整頓されている割には、あまり使われていないようだ。

近くにあった本のページをめくってみたが、漢字ばかりで頭が痛くなりそうだ。
これほど膨大な数の書物の中から、音曲についての本が見つかるとは思えない。
すぐに面倒くさくなってしまい、溜め息を漏らしながら、少々乱暴に本を戻した時だった。


(え、)


ぐらり、と揺れる。
咲良の背丈より高く積みあがっていた竹簡が、バランスを崩してしまった。


 

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