薄暮れの鈴
咲良は涙声で甘寧に事の次第を話した。
首飾りを落とした、凄く大切なものだからどうしても見つけなければならないと。
焦るばかりで、一人ではどうにも出来なくて、情けなさを感じて涙が出る。
咲良の話を聞いた甘寧は、首飾りが紛れ込んでいるであろう草むらを一通り眺めると…、俯く咲良の髪を半ば乱暴に、くしゃくしゃと撫でた。
「分かった。俺も手伝ってやる。だからもう泣くんじゃねえよ」
そう言った甘寧は、地面に這いつくばって首飾りの捜索を開始した。
…頼もしい人だ、それに、優しい。
何の利益にもならないのに、助けてくれたのだから。
咲良は瞳に涙を浮かべながらも、甘寧の背中を見て、微笑むことが出来た。
…いつの間にか、気付かぬうちに、空が橙色に変わっていた。
塀の上で休んでいた黒い烏(からす)が、未だに首飾りを探し続けている咲良と甘寧を嘲笑うかのように鳴き、空へと飛び立った。
「ったく…何で見つからねえんだよ!」
甘寧の怒声を聞き、咲良はびくりと肩を震わせる。
咲良を怯えさせたことに気付いた甘寧は、悪い、と苦笑いした。
無情にも、時間ばかりが過ぎていく。
咲良の手は切り傷だらけで、白かった衣服は泥で薄汚れてしまった。
確かに、首飾りは部屋の真下に落としたはず。
こんなにも一生懸命に探しているのに…、どうしても見付からないのだ。
「あの、甘寧さん、もう良いです…ご迷惑をおかけしました。私、もう少し探しますから、甘寧さんは先に…」
「ああ?あんた、俺が善意で手伝っているとでも思ってんのか?」
「え…違うんですか?」
善意でなければ、何だというのだ。
甘寧だって暇ではなかろう、執務もあれば、鍛錬や、部下の訓練もしなければならない。
顔と名前しか知らない厄介者に、ここまで付き合ってくれる理由があるだろうか。
「あんたに怪我を負わせたこと…気にしてないように見えるかもしれねえが、これでも申し訳ないと思っているんだ。だが、あんたのためじゃねえ。あんたを手助けするのは、俺のためだ」
「私…もう、怒っていませんよ?」
「…おめでてえ奴だな。あんたは聖母様か?」
半ば吐き捨てるように甘寧が口にした台詞は、咲良を軽蔑する言葉だった。
何が彼の気に障ったのだろうか…、まさか、そんなふうに言われるとは思わなかった。
「あんたのためじゃない」と冷たく言い放った甘寧だが、咲良にはそうは思えない。
咲良が自害をしようとしていると勘違いした甘寧は、必死になって止めてくれたではないか。
些か乱暴であれ、心優しい人のことを、いつまでも憎んでいられるはずがない。
咲良が現代に生きていた時にも、苦手な人は少なからず存在した。
それでも、憎むことは悲しいし、醜い。
誰かを殺したいほど恨んだ経験など無いが、憎しみの先にあるものは、きっと、終わりの無い悲しみだ。
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