薄暮れの鈴



室内の空気を入れ換えるためにと、咲良は窓を開けた。
新たに暮らし始めたばかりのこの部屋は、二階ではあるのだが、建業の町の風景は全く見えず、石が積み上げられた塀が間近に広がるばかりだ。
眺めも悪ければ日当たりも悪い、雨の日には湿気も高くなりそうだが、この際、我が儘は言うまい。

室内に流れ込んでくる外の冷たい空気を感じながら、咲良は片手でフルートのケースを開け、呂布の遺骨を手に取った。
たまには新鮮な空気に触れさせないと、カビが生えたら貂蝉に申し訳が立たない。


「呂布さん…、本当に馬鹿だよね。貂蝉さんを置いていくなんて…」


いくら嘆いたって意味が無いのだが、咲良はまるで呂布に話し掛けるかのように独り言を呟いた。
ペンダントがゆらゆらと風に揺れている。
窓際に立つ咲良は、紐を掴んで振り子のように揺れ動く呂布の遺骨を見つめていた。


(貂蝉さんを幸せに出来るのは、世界中捜したって呂布さんだけなんだよ…?)


貂蝉を愛しているなら、戦ばかりに夢中にならず、もっと貂蝉のために生きて欲しかった。
彼女は何処へ行ってしまったのだろう。
咲良は貂蝉の健気な心を信じている。
貂蝉は、確かに呂布のことを愛していたのだ。
それなのに、何よりも大切にしていたはずの呂布の形見を置いていくだなんて…、貂蝉は今、何を想っているのだろうか。


(もしかして!私が、何か貂蝉さんを追い詰めるようなこと、した…?)


知らぬ内に、彼女を傷付けるような酷い言葉を口にしていたのかもしれない。
咲良が蘭華に拾われる前から、貂蝉は踊り子として生きていた。
これからも、いつまでも彼女は呂布だけを愛し、儚い舞を披露していくはずだったのだ。
日々を過ごしていく中で、貂蝉は咲良を友と呼び、そして姿を消した。
何が影響したかは分からないが、何かしら自分が原因となっているのは確かだ…そう思えた。
ならば、貂蝉の口から真実を聞きたい。

深く思い悩み、こうして自分を責めてしまうのは、咲良の悪い癖だ。
あまり考えないようにしようと思っても、この遺骨を目にする度に、貂蝉のことを思い出してしまう。
忘れられるはずが無いのだ。
咲良だって、貂蝉のことが好きだったのだから。

ぼんやりと考え事をしていたそのとき、あろうことか、窓の外でぶらぶらさせていたペンダントが、するっ…と手からこぼれ落ちてしまった。


「ああああっ!!」


悲鳴を上げ、咲良は窓から身を乗り出して手を伸ばしたままの姿勢で硬直する。
ふざけるな!と呂布の罵声が聞こえてきたような気がして、咲良は背筋が凍るような想いをした。


「落涙様!?いかがなさいましたか!?」


叫び声を聞きつけ、部屋に飛び込んで来たのは若い侍女だ。
しかし咲良は、いつものような笑顔で挨拶をすることさえ出来ないほどに動揺していた。

運悪く、窓の下は荒れ放題の草むらである。
通り道にもなっていないようで、手入れもされずに放置された生い茂る緑の中に、白い遺骨は吸い込まれるように消えてしまったのだ。


 

[ 47/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -