ひとりぼっちの涙



咲良は昔から、それこそ幼い頃から、可愛いものや可愛い人が大好きだった。
基本的に、ゲームをプレイするときは悠生と一緒なのだが、咲良は常に2P側で、そして女性キャラしか使わないほどの徹底ぶりであった。
それほどに好んでいたキャラクター、絶世の美女と名高い貂蝉に、儚げで憂いを帯びた表情を見せられたら、告げ口など出来きるはずがない。


「貂蝉さ…いえ、あの、閉月さん…、私、蘭華さんから笛の演奏を頼まれて…、でも、よく考えたらこの国の音楽をあまり知らないんです」

「そうなのですか…。でしたら一度、咲良様の好きな音曲をお聞かせください。私が、旋律に合わせて舞いましょう」


緊張する咲良を安心させるかのように、貂蝉は柔和に微笑む。
咲良は高校で行う部活動以外にも、外部でフルートのレッスンを受けていた。
そこで、中国の音楽を学んだこともあるため、一応知ってはいるのだが…、それは近代の音楽ばかりで、三国時代の音楽を知らなかったのだ。
だが、貂蝉は好きな曲を演奏して良いと言ってくれた。
今は彼女の言葉に甘えるべきかもしれない。


(聴いてほしいな…。私の大好きな曲を、あなたの心に響くような旋律を…)


フルートを構え、歌口に唇を当てる。
毎日丁寧に磨いているため、美しく輝く銀色の横笛。
貂蝉は初めて目にしたのだろう、興味津々に咲良とフルートを見つめていた。

咲良のフルートから、柔らかく優しい音が生み出される。
それは、懐かしい旋律であった。
乱世の終焉と、泰平の始まりを心から祝福する…、大きな幸せに満ちたエンディングに使われていた、"生路"という優しい歌だ。
幸せを一時のものにしてはならない。
信じた仲間と、信じた道を歩み、果てしない未来へと進んでいく…、そんな、希望が感じられた。

呂布を愛し、乱世に舞った天女の如く美しき娘、貂蝉。
愛する人を失った貂蝉は絶望し、涙を流したことだろう。
生きることを投げ出してもおかしくない。
…だけど、生きている。
どれほど苦しい想いをしたかは、咲良にはまだ想像出来ない(本気で人を愛したことなんて、ないから)。

ゆったりとした旋律を奏でながら、ふと貂蝉を視界に入れた咲良だが、伏し目がちのその瞳に、うっすらと輝くものが見えた。
つうっと、頬を滑り落ちた涙。
まさか貂蝉が泣いているとは思わず、驚いた咲良の演奏はぷつっと途切れてしまう。


「へ、閉月さん!?」

「あ…、わたくし、泣いて…」

「ご、ごめんなさい!こんな下手な演奏…気に入りませんでしたよね…私、調子に乗っちゃって…」


慌てた咲良は深々と頭を下げていた。
しかし貂蝉自身が、咲良に指摘されるまで、泣いていたことに気付いていなかったようなのだ。
頬につたう涙の粒が、とても美しい。
絹のような肌、白い頬を濡らす貂蝉は、ゆっくりと首を横に振った。


「咲良様の旋律…実に見事です。苦しみの中にも、ささやかな幸せを得ていたあの日々が、鮮明に蘇ってくるようでした…」


大粒の涙を浮かべながらも、貂蝉は微笑んでいた。
…きっと、呂布のことを思い出したのだ。
愛しい人はこの世に存在しないけれど、幸せだった日々の思い出を糧に、貂蝉は生きている。
彼女が本気で呂布を愛したからこそ、呂布を想い流した涙が、咲良にも掛け替えのないものと感じられたのだ。


「っ…貂蝉さん…!」


初めこそ、貂蝉の涙に困惑していた咲良だが、いつしかつられて泣き出してしまった。
呂布という男、二人の結末のひとつを知る咲良は、泣かずにはいられなかったのだ。
哀れとしか言いようがないのに、貂蝉が、笑っているから。
そう簡単に涙を止めることが出来ずはずもなく、顔をぐしゃぐしゃにして、ずるずると鼻水をすする。
そんな子供っぽい咲良の泣き顔を見た貂蝉は、とても穏やかな表情をしていた。


「"らくるい"…と」

「え?」

「咲良様の御名前です。あなた様の旋律は心の琴線を震わせ、人々の心を魅了し、鬼の瞳をも濡らすことでしょう」


だから、"落涙"と。
貂蝉に与えられた新しい名を、咲良が気に入らないはずがなかった。




END

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