暗き夢の中



重傷を負った楽師・落涙が、城に運び込まれてから暫く過ぎたある日のことだ。

今日も陸遜は、典医に彼女の容態を尋ねるため、ひっそりと病棟に足を運んだ。
先日、落涙は漸く目を覚ましたらしい。
完治するまでに時間はかかるが、確実に回復に向かっていると聞いてほっと安心した陸遜に、典医は気を使ったのだろうか。
「そこまでご心配されるならば一度見舞っては」、と勧められたが、さすがに男の自分が女性の病室を訪ねるのは不躾であろうと、陸遜は丁重に断りを入れた。


(しかし、甘寧殿に先を越されたとは)


典医の話では、落涙の見舞いに訪れたのは彼女が働く店の女主人、前皇帝夫人の大喬とその娘の小春、そして孫尚香と…事故の原因を作った甘寧だと言う。
彼も己の行いを反省したのだろう、思い立ったら即行動するのが甘寧だ、きっと謝罪の言葉も何も用意せずに押し掛けたに違いない。

陸遜は、深く考え込んでいた。
そもそも自分と落涙とは長い付き合いがある訳でもなく、ただ数回言葉を交わしたぐらいなのだから、わざわざ見舞う必要などないはずだ。
だが、彼女の怪我の容態が気になるのなら、すぐにでも様子を見に行けば良いのに、そのようなことも決めかねている。


(私は何を悩んでいる?私は…どうして…)


若くして才がある、といくら将来を期待されようとも、陸遜とて人間だ、理解出来ないことの一つや二つ、あってもおかしくはないだろう。

陸遜は何度目かも分からない溜め息を漏らす。
自分は、あの少女に些か構いすぎてはいないだろうか。
周瑜のように落涙の笛の音を気に入り、贔屓にしている訳ではない。
確かに彼女の長所、素晴らしさと言えば、第一に音曲があげられるが、それは表舞台で活躍する、楽師である落涙の姿であろう。

本当の彼女は、立派な楽師などではない。
陸遜にしてみれば、少し泣き虫なだけの娘だ。
出会った瞬間から、彼女はもう泣いていた。
陸遜は皆が言うような、落涙の奏でる、心の琴線を刺激する旋律に惹かれた訳ではない。
もっと別の…内なる部分に"何か"が秘められているような気がしたのだ。
それが何なのか、未だにはっきりしないから、もどかしくてたまらない。


(あれは……?)


病棟から戻る途中、中庭があるのだが、その庭園の隅に置かれた椅子に、二人の男が並んで座っているのを見た。
どういう経緯で肩を並べているのか…、有り得ない組み合わせに驚き、陸遜は首を傾げる。

上半身裸で、首から背にかけて龍の入れ墨が彫ってあり、微風に腰の鈴が揺れて静かな音を立てる…彼、甘寧が、相当機嫌の悪そうな…凌統をじっと見つめていたのだ。
しかし凌統は何も言わず、必死に我慢をしているのか、固く目を閉じて激しく貧乏揺すりをしている。
言い合いをする二人の姿は見慣れているが、これはどうしたものか。


「おっ、陸遜!何やってんだ?」


立ち尽くしていた陸遜に気付き、甘寧が声をかけてきた。
入って行きにくい雰囲気ではあったが、顔を合わせれば喧嘩をし、騒動ばかり起こしてきた問題児達を放置するのは危険だと思い、陸遜は彼等の元に歩み寄った。


 

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