永遠の花が咲く



(光がなくても、描く明日の残像はきっとあるから)


国境を越えて、時を越えて、心をひとつにした人の子たち。
中国語と日本語…似ているようで少し違う。
だけど、どちらもその音は美しい。
言葉の響きを大事にすることは、よく似ていた。
彼らの想いが子守歌となり、世の静寂を取り戻すための鍵となる。

笛の音が、ビブラートにしては過剰なほどに揺れ、まるで泣いている時のように震えていた。
別に、泣きたい訳じゃないのに。
合唱してくれる皆の声だって、底抜けに明るいのに。
すんなりと心の奥に侵入し、琴線を震わせる…これこそが、落涙と呼ばれる音なのだ。
涙を流させるだけではなく、笑顔を生み出すことが出来る。
音楽から得られる幸せな気持ちを、教えてあげられる。
どこかで、悠生も耳を傾けてくれているはず。
歌に強く込められたメッセージを、遠呂智だけではなく、悠生にも届けたいと思った。


(やれるだけやったのだから、幸せになりなさい…!)


――かすかに花も香る。
道を照らす光だってある。
目の前のその光を信じて、この回路から抜けなさい――

あなたは、しあわせになるべきなの。
想いを込めた旋律が消え行くとき、遠呂智の瞳が、ゆっくりと閉ざされる。
咲良の脳裏に、桃色の花弁が風に煽られ空に舞い上がる光景が見えた。
眩しくあたたかい春の日差しの中、そこには、無邪気に微笑む悠生と、見知らぬ子供の姿があった。

…それは、幻だったのだろうか。
遠呂智の亡骸を見下ろせば、ほんの少しだけ、笑っているような気がした。


「あ……、」


最後のリリースを纏めた咲良は、ゆっくりと笛から唇を離した。
一筋の灯りが、雲の隙間から射し込む。
次第に、空を厚く覆っていた雲が晴れ、天から射す輝きが、遠呂智が眠った事実を皆に知らしめた。


「終わった…のか…?」


呆然と呟いたのは、誰だったのだろうか。
耳に痛いほどの歓声と、勝ち鬨の声にかき消されてしまった。


「落涙ちゃん!素敵だったよー!」

「小喬様…」


名を呼ばれて振り返った咲良は、満面の笑みを携えて飛びついてくる小喬を受け止めた。
尚香や稲姫など、次々と、咲良の友となった花のような少女達が傍に集い、落涙の音を褒め称えるのだ。
驚きに瞳を瞬かせて見てみれば、誰ひとりとして、涙を流してはいなかった。
鬼をも涙させる楽師の音曲は、多くの者を笑顔にしたのだ。
うっとりと微笑む貂蝉が、もみくちゃにされる咲良を優しげに見つめている。
…これで、私の役目はおしまいだ。
自分自身でそう納得したとき、見計らったかのように、咲良の体全体が、強く発光し始めた。
咲良の身に待っていたのは、世界との離別を思わせる異変だった。


 

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