美しい時代に



「ありがとう…咲良…私からは何もお礼は出来ないけれど、今だけは乱世を忘れて、ゆっくり言の葉を交わしてちょうだい?あなたの幸せを…心から祈っているわ…!」


西王母の最後の声は、頭に直接響いた。
祭壇の光が一際燃え上がり、西王母の姿は煙のように消えてしまう。
だが、その代わりに二つの人影を見た。

一人は、背高く立派な体格の男。
堂々と闊歩する彼の、紅い瞳が揺らぐことは決して有り得ない。
貂蝉が口元を押さえ、はっと息を呑む。
西王母と入れ違うようにして登場した、彼女の最愛の男の姿。
呂布、その人を見間違うはずがなかった。

そして、背丈の低いもう一人。
咲良はその先を見つめ、唇を戦慄かせた。
記憶よりも、背や髪が伸びているように感じたが、心なしか不安げな表情は昔のままだった。
だが、その心は大きく成長しているのだろう。
他の誰よりも可愛くて、大切な弟…。
──悠生。
咲良は声にならない声で弟の名を呼んだ。
涙が出そうになった。
止めることなんて出来なかった。
ずっとずっと、心の底から会いたかった弟が、呂布と共に現れたのだから!


「早くしろ、悠生。時間が惜しい」

「……、」

「咲良のためだと言われなければ、俺とてあの人間離れした女の頼みなど聞き入れなかったわ」


その場に立ち尽くす悠生を、呂布が急かすように小突く。
西王母が呂布に悠生を連れ出すようお願いをした…それはそれで不思議だが、鬼神と呼ばれた男が咲良のような小娘を気に掛けると言うのも、よく考えればおかしな話ではある。
貂蝉の友だから、と言うのなら分かる。
だが呂布は…咲良のためだから、と口にした。
本当に、遺骨の首飾りを首から下げていた咲良のことを、覚えていたのだろうか。
波乱はあれ、穏やかな日々を過ごしていた咲良の感情を、その心に感じ取って。
鬼神が、ほとんど関係も無かった人の子のために、尽力してくれたのは事実である。

悠生は躊躇いがちに呂布を見ていたが、意を決したのか、ゆっくりと歩み寄り…咲良の目の前に立った。
ついには真っ直ぐ、姉の顔を見つめた。
そして、それまで結ばれていた唇が、静かに名を紡ぐのだ。
「咲良ちゃん」と。
日に日に薄れていく記憶、それ以上に強く残る思い出の中の悠生と、少しも変わらない声で。
だったそれだけで、胸が熱くなる。
咲良はぽろぽろと流れ落ちる涙を我慢することも出来ずに、夢中で悠生を抱き締めた。


 

[ 408/421 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -