枯れ果てた眼



「此処は女人禁制ですよ。あなたを見逃した見張りにも問題はありますが…」

「申し訳ありませんでした。勝手に出歩いたりして…。あの…これ…尚香様か小春様の忘れ物なのですが、渡していただけませんか?」

「この櫛は…小春殿の物ですね。私が贈ったものですから、間違いありません」


ぐさ、と何かが得体の知れないものが胸の奥を貫いた。
よろめきそうになりながらも、どうにか踏ん張る。
苦笑する陸遜の手に渡った赤い櫛は、小春への贈り物だったというのだ。
どこか愛おしそうに櫛を見つめる陸遜の微笑みは、皆に向けられるものとは少し、違うような気がした。


「陸遜様は…その、小春様と…」

「ええ。私は彼女と婚約していますが…」


陸遜の口から、確実な一言を聞き、咲良はいよいよ息が止まりそうになった。
あの幼い姫様と陸遜の関係が、特別なものであることなど最初から予想出来たはずだ。
それなのに…こんなにも胸が苦しい、その理由が理解出来なかった。


(一度だって…使ったこともないキャラクターなのになあ…)


ゲームの中に生きていた陸遜。
今、目の前に存在している陸遜。
テレビの画面に映って居た彼には触れられないが、同じ空間に居る彼は間違い無く生きているのだ。
…生きてはいるけど、無双の陸遜は、咲良から見たら架空の世界の人物でしかない。
1800年も前に生きた陸遜とは、別人だ。
歴史上の偉人や物語の人物に憧れることはあっても、本気で恋をするなど馬鹿げている。


(私って…単純だから…、少し優しくされただけで錯覚しちゃうんだ。この人のことが、好きかもしれないって)


陸遜のことは、好いているのだろう。
嫌いになる理由は一つもない。
だが、それが恋かと問われたら…はっきりしない。
ならば、取り返しがつかなくなる前に、この曖昧な感情全てを取り払うべきだ。
小春のことを考えれば、尚更だ。


「落涙殿、お待ちください!」

「ごめんなさい…病室に戻りますね」

「いえ、病棟は反対方向ですよ?」


陸遜はくすくす笑うと、またもや、お送りしますと言ってくれたのだ。
咲良は恥ずかしくて情けなくなって、陸遜の顔を直視出来なかった。
こんな卑しい想いを抱えたまま、彼の近くに居たくはなかったが、断っても迷うだけなので素直に頷いておいた。


「小春殿は法要の日に落涙殿の音を聴き、とても感動され、あなたのことを尊敬しておられました」

「そうなんですか…嬉しいです」

「落涙殿。小春殿を宜しくお願いします」


陸遜は、咲良が小春の笛の師となったことを、大喬から聞かされていたのだろう。
深く頭を下げられてしまえば、咲良はさらに戸惑い、困り顔で俯くほかなかった。


 

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