美しい時代に



目の前も、頭の中も、真っ白になる。
だが、声が聞こえたような気がする。
とても優しげな、女性の声だった。
咲良は何故か、この声に覚えがあった。
会ったこともないはずなのに。
だとしたら、ゲームだった無双の中で見かけた誰かさん?
まだ顔を合わせていない、本来、遠呂智が光臨した世界で出会えるはずがない、その人は…。


「…ん…此処は…?」


痛いほどの眩しさが収まり、咲良は恐る恐る目を開ける。
薄暗く、ひんやりとした狭い空間に、同じようにしてうっすらと瞳を開く貂蝉が居て、その向こう側には、小さな炎が揺らめく円形の祭壇が見えた。
壁も天井も岩で作られていて、どうやら、この部屋自体が円形に作られているようだ。
もしや、遠呂智や妲己により、強制的に空間転移されてされてしまったのではないかと、一抹の不安がよぎる。


「咲良様…いったい何が起こったのでしょう…」

「分かりません…だけど、女の人の声が聞こえたんです。とても優しい声が…」


声の主は、悪しき存在ではない。
咲良の聞いた声が空耳でなかったとしたら、すぐ近くに身を潜めているはずだ。
何か大事な用事があったから、わざわざ此処に連れてきたのだろう?

祭壇の炎が、隙間風に吹かれていっそう高く燃える。
そして、微かな音が響いた。
どきっとしながら、音がした方を見て、今まで以上の驚きに、咲良は今度こそ心臓が止まりそうになった。


「ようこそ。会いたかったわ…咲良、そして貂蝉」

「う、うそっ!?貴女は…西王母様…!?」


見たことがある、だけど、この世界に存在するとは思わなかった。
柔和な笑みを携える西王母…、彼女は本来、中国神話に登場する、気高き女神だ。
髪も、肌も、透けるように白い。
しかも、薄い布を纏っただけの美しい身体が、淡く光り輝いているのだ。
一目見ただけで、彼女がこの世の者ではない、高貴なる存在だと分かるだろう。

貂蝉もまた、まさかの事態に言葉を失っている。
彼女を神として崇める国に生まれた貂蝉ならば、その名を口にすることでさえ、恐れ多いはずだった。


「信じられません…!西王母様がいったい、何故…?」

「貂蝉…あなたはよく咲良を守ってくれましたね。あなたに幸多からんことを祈っているわ…」

「そのような…!私などのために…」


貂蝉は胸の前で手を組み、うっすらと頬を染める。
傾国と呼ばれ、絶世の美女と名高い貂蝉であっても、西王母の美しさを感じ取り、恥じらっているのだ。

西王母は、咲良の名を知っていた。
女禍や太公望ら仙人でさえ、世界に投げ出された姉弟について知っていたのだ。
だから西王母も、ずっと、見ていてくれたのではないか。
咲良とそして、悠生のことを。
その名だけではなく、この世界の生まれではないこと、誰もが知らない深いところまで、知り尽くしているのだろうか。


 

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