枯れ果てた眼



咲良の療養生活は、快適なものとは言い難かった。

もともと器用な方ではないのだが、左手を駆使し、部屋に運んでもらった食事を口にすることは出来る。
しかし、一日を寝台の上で過ごさなくてはならないのは、苦痛でたまらなかった。
下手に城内をうろついては迷子になってしまうだろうし、不審者扱いされかねないため、皆に多大なる迷惑をかけることとなる。

最も咲良を悩ませていたのは、足を怪我した訳ではないので移動ぐらいは人の手を借りずに出来るのに、典医から湯浴みを禁止されたことだ。
濡れた手拭いで体を拭くだけでは気持ち悪い、せめて髪を洗いたい。


(何もすることが無いって、つらい…)


大喬の娘・小春に笛を教えるという話は、ひとまず頭の包帯が取れたら、ということになった。

咲良が城で過ごすようになってから数日後のことだ。
暇で仕方がなく、寝台の上で体育座りをしあさっての方向を見つめていた咲良の病室を訪ねて来た者が居た。
扉の開けて明るい笑顔をのぞかせたのは、以前に一度、顔を合わせた孫家のお姫様達だった。


「こんにちは!今、良いかしら?」

「しょ、尚香様!?小春様もご一緒で…」

「遊びに来ちゃった。小春も、あなたとお話したいって言っていたから連れてきたのよ」


咲良は慌てて姿勢を正した。
単なる楽師の元に、姫君二人が遊びに来てくださるなんて、信じられないぐらいに嬉しいのだが…やはり緊張してしまう。
本来なら寝台から降りてこちらから挨拶をすべきなのだ、彼女達を立たせていることがどれほど失礼に値するかと考えるだけで頭が痛い。


「宴席で話をしたから知っているとは思うけど、私は孫尚香!落涙、よろしくね」

「孫小春です。落涙さま、わたしとも仲良くしていただけたら嬉しいです…」

「も、勿論です!どうぞよろしくお願いします」


尚香の胸元ぐらいの背丈の小春は、少し恥ずかしそうにしていた。
ゲームで活躍する尚香のことはよく知っているが、小春は人柄も性格も、全くと言っていいほど知らない人である。

孫策の娘と言うぐらいだから、恐らく小春は、将来的に陸遜へ嫁ぐことになるのだろう。
咲良は未亡人となった大喬の幸せを望み、そのために、孫策の血を受け継ぐ孫…すなわち陸遜と孫策の娘の間に子が早く生まれることを願っていた。
だが、小春は見ての通り幼く、二人の婚姻はまだまだ先の話であろう。
…そんなことを考えながら、咲良は複雑な想いを巡らせていた。


「ふふ、小春は恥ずかしがり屋なのよね。でもあなたのことを尊敬しているのよ?落涙が笛の師に決まった日、とても喜んでいたんだから」

「ひ、姫さま!そのようなことを…」


鈴を転がしたような声、という表現がしっくりくる人達だと思う。
小春はとても可愛らしい人で、孫策が生きていたらきっと娘を溺愛していただろう…、と思うと、切ないけど心がじんわりあたたかくなる。
底抜けに明るい尚香と、おしとやかな小春。
まるきり正反対の組み合わせだが、可愛いことに変わりはない。


「ねえ、落涙。私、あなたの噂を聞いたんだけど…甘寧と恋仲って本当?」

「は…はい…!?」

「わたしも、侍女が話をしているのを聞きました。冗談であろうと、信じてはいませんでしたが、落涙さまは本当に甘寧将軍と…」

「ちちち違いますって!誤解なんです!」


 

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