変わり行く世界
「そうだな、不安は残るが、此処よりは安全かもしれないな。よし、咲良は貂蝉と天守を上ってくれ!少しだが、護衛を付けてやるぜ」
「そういうことなら、この俺に任せときな」
頼まれもしないのに、孫市は護衛役を買って出る。
此方の複雑な事情を呑み込めていなくとも、女好きな孫市は絶世の美女・貂蝉に目を付けたらしい。
にっと笑った孫市は、恭しく貂蝉の前にひざまずき、手を差し伸べた。
「なんて美しい人なんだ…!貴女になら殺されても構わない…」
「……、このようなお方に、咲良様をお守り出来ましょうか…」
孫市の軽率な態度に嫌悪を覚える訳でもなく、貂蝉は本気で、彼の頭はおかしいのでは、と疑いの眼差しを向ける。
それでもめげない孫市は、流石だと褒められるべきだろうか。
雑賀衆頭領である孫市が護衛に付いてくれるなんて何とも贅沢な話だが、彼とその鉄砲隊の武力を欠いては、妲己に対抗出来なくなるのではないか…、と不安を抱かずにはいられない。
「はは!頼もしいじゃねえか。大丈夫だろ、貂蝉。見る限り、鉄砲の腕前は本物みたいだしな」
「孫策様がそう仰られるなら…」
孫策は孫市の申し出を快く受け入れ、渋々ながら貂蝉を納得させる。
一度警戒心を持ってしまえば、なかなか心を開くことは出来ないはずだろう。
貂蝉が漏らした小さな溜め息を、咲良は聞き逃さない。
かくして孫市と共に、咲良は江戸城天守閣へと足を踏み入れることとなった。
反乱軍の勝利を信じて、見守ることだけを許されたのだ。
(見ているだけで、手を出すことが出来ない、それがどれだけ苦しいか分かっていたはずだったのに…でも、これは私が願ったことなんだから)
咲良が天守閣を氷で包み込んだせいで、内部はひんやりと冷え込んでいた。
まるで巨大な冷凍庫の中に居る気分である。
火の周りが速かったためか、あちこちが焼け焦げ、崩れかかってはいたものの、まるで補強をするかのように、柱や天井が凍り付いていたのだ。
今は厚く硬いが、この氷が溶けたときのことを考えると恐ろしくもある。
「なあ、あんただろ?噂の落涙っての」
「は、はい。そんなに噂になっていましたか…?」
「そりゃあ、あの妲己が付け狙うぐらいだからな!…だが、俺はあんたみたいなお尋ね者も大歓迎だぜ?」
やけに甘い声で囁きながら、ぐぐっと顔を近付けられ、驚いた咲良は一歩後ずさる。
さり気なく、口説かれてしまったようだ。
貂蝉にしか興味が無いと見せかけておいて…、やはり孫市は女ならば誰でも良いらしい。
本当は、悪い人ではない。
彼の性格を知っているため、どうにも反応を返すことが出来ずにいたが、すかさず貂蝉が咲良の腕を引き、不信感を露わに孫市を見つめるのだ。
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